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ディア・ハンター。

 ベトナム戦争を題材にした映画が流行った時期が、わたしが覚えている限り二度ある。一度目は1970年代で、有名なのは『帰郷』『ディア・ハンター』『地獄の黙示録』。もうひとつは八十年代で、アクション映画系の『ランボー』『地獄のヒーロー』、単館系の『バーディー』、ごく普通に『プラトーン』『フルメタル・ジャケット』『グッドモーニング・ベトナム』『カジュアリティーズ』。
 こうして挙げてみると、八十年代の方が盛り上がっていたようだ。しかしわたしとしては、実戦から近かった七十年代に公開された作品の方が印象深い。
 話題になったのはコッポラの『地獄の黙示録』である。制作費も規模も広告も当時としては最大で、撮影に関する難題、困難も、のちに公表された記事などからすると、とんでもなかったらしい。
 が、長いし暗そうだし、子供のわたしが食指を動かされる内容ではなかった。大人になってからも魅力を感じなかったが、WOWOWで放送したものを録画したので、観てみた。
 特に感動は覚えなかった。この作品からは、戦争の悲惨さを伝えたいのか、ファンタジーで押し通したいのか、それがわたしには見極められなかった。
 アクションやらバトルやら、そうした映画は数あれど、戦争ものにはあまり食指を動かされない。実際の戦争をリアルに映像化した映画など、申し訳ないが辛すぎて、観ると作品として評価出来ない。
 公開された当時はまったく知らずにいたものの(なにせ小学生だ)、大人になってから観て、衝撃を受け、不動のベストテンに入れるほどの作品が『ディア・ハンター』である。
 マイケル・チミノ監督、ロバート・デ・ニーロ主演。第五十一回アカデミー賞、そして(此方の方が価値のある)第四十四回映画批評家協会賞を受賞した。アメリカ国立フィルム登記簿にも登録されてもいる。
 表題のディア・ハンターとは、直訳すれば「鹿狩りをするひと」である。これは戦地に赴く前、ロシア系移民の男たち(しかし演じる役者の殆どがイタリア系)が、そのうちのひとりの結婚式で騒ぎ盛り上がり、翌日、鹿狩りへ出掛けることを指している。
 特筆するほどの出来事ではない。しかし、最後の最後まで日常を続行し、楽しむ姿がいじらしい。そして此処までが、長閑な光景となる。
 戦地へ赴けば、お馴染みの地獄絵図だ。アメリカの文明社会にどっぷり浸かった者らが、ジャングルや泥に塗れた状態に馴染む筈もない。
 どうなるか。
 狂気に陥る。
 戦場の様子は端折らせて頂く。
 この映画で有名なのは戦場の模様ではなく、戦争浪人となった軍人の姿であった。ベトナムのドヤ街で、廃人となったアメリカ兵がカモになり、ロシアンルーレットに打ち興じる。命を懸けた、本気の賭けだ。
 それに嵌っていたのが、鹿狩り仲間のひとり、演ずるはクリストファー・ウォーケンである。狂気の役を演らせたら、彼の右に出る者は(アメリカには)居ない。
 このシーンのパロディをネタにしていたのが『笑っていいとも』に出る前、森茉莉に嫌われ、レイバンのサングラス、真ん中分けの髪をチックで固めたタモリである。
 クリストファー・ウォーケンは『アニー・ホール』でもイっちゃった役を演っていたが、これはもう、強烈だ。作品は賛否両論あるものの、そんなことなど知ったことか。「ニック、愛してる」と思わず口走る、ロバート・デ・ニーロの科白だけで滂沱の涙だ。
 同性愛ではない(だったら申し訳ないが、わたしは拒絶反応を起こす)、本気の友情から出る、慟哭の一言である。なにしろ相手は顳顬から血を噴き出し、絶命しつつあるのだ。
 この映画を観て、我が国の軍歌である『戦友』を思い出した。興味のある方は是非、森繁久彌が唄っているものを拝聴して頂きたい。
 わたしが特に好きなのは、出征する前の結婚式で、皆が『君の瞳に恋してる』を唄う場面だ。これのおかげで、普通なら食指も動かさないポップなこの曲が「心に残る一曲」になった。
 しかし好きなのは、日本のインディーズバンドであるエコエコサイクルズが唄うバージョンなのであった。

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