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夏の夜に


「なんや元気ないの」
「そんなことないよ」
「ゆうべみたいに遅なる時は、ちゃんと連絡してくれぇや」
「判った」
「誰と遊び歩いとるのか知らんけど、もめ事に拘るようなことはすなよ。親の顔に泥塗るような真似だけはしたらあかんで」
「してないよ」
「何処ぃ行くんじゃ」
「庭」
「飯喰わんとってええんか?」
「要らない」
「仆れてまうで」
「大丈夫だよ」

 ………………。

「影郎、ぼく出掛けるけぇども、一緒に行くか」
「何処に行くの」
「銀行に用があっての、中央区に」
「行く。着替えるからちょっと待ってて」
「……そんな恰好してくんかい」
「暑いから」
「冷房、利いとるとこやと寒いで」
「じゃあなんか羽織ってくる」

 ……………。

「……ああ、それならええわ」
「なんか変だったかな」
「下着同然やったやろがい」
「タンクトップを下着って。左人志もいい加減、おっさんくさいね」
「ほっとけや。用済ましとる間、店でも素見しとき」
「うん」
「後でなんか喰おか」
「あそこがいい。こないだ行った、ブリトーが美味しいとこ」
「ああ、彼処な。連絡せんといても、一時間後に此処に居れや。おめぇは信用出来んさけ、何処ぃ行っとってもええけど、一時間後は此処じゃ。判ったな」
「はいはい」
「なんじゃい、その不貞腐れた云い草は」
「はぁーい、お兄様。ちゃんとその通りにいたしますぅ(ぺこり)」
「気色悪いわ。オカマにナンパされるんちゃうで」
「されないよ。可愛い女の子だったら応えちゃうけど」
「どっちもあかん。金もない癖に、ええかげんにせえ。……金、持っとってもあかんで」

 ………………。

「悪い、遅なった。食べに行こか」
「うん」
「なに買ってん」
「グレープシード・オイルとアーモンドが詰めてあるオリーブ」
「重いじゃろうが。先ぃ、車に乗せ」
「お店、混んでないかな」
「一時半じゃけえ、そう混んどらんのとちゃうかな」
「もうそんな時間なんだ」
「携帯、持っちょるんじゃろ」
「持ってるよ。先刻、電話に出たじゃん」
「それで時間、見たらええやないか」
「携帯で時間見る習慣ないもん」
「時計は」
「腕時計はしない」
「どないして時間知るんじゃ、おのれは」
「そこらじゅうに時計表示があるじゃん、なくてもひとに訊くよ」
「……さいでっか」
「あ、空いてる」
「ほんまやな。何にする?」
「アボカドのやつ」
「肉、入っとらんよ」
「いい」
「おまえ、肉あんま喰わんな」
「うーん、野菜の方が好きかな」
「健康的じゃのう」
「そう謂うつもりじゃないけど」
「レバーとか食べへんもんじゃけえ、貧血なるんやで」
「レバーなら今、オイル漬けにしてるよ」
「ならええけど」
「来た来た」
「おお、旨そうやな。此処は安くてボリュームあるでええのう」
「うん。美味しいし」
「何で知ったんやったかな」
「雑誌に紹介されてた」
「そぉやったか」
「立ち読みして美味しそうだったから、メモしといたの」
「ええとこ見つけたのう」

「買い物して帰ろうよ」
「そこのスーパーでええか」
「うん」
「なに買うの」
「今晩の食材」
「なに作るん」
「魚使ったの。鰯があるから」
「鰯な。どないすんの」
「南蛮漬けにしようかな」
「ああ、それはええのう」
「土佐酢を作るから、米酢と昆布を買う。後は冬瓜でも煮ようかな」
「季節やしな」
「冬瓜、おっきいのしかないなあ」
「これは食べきれへんのう」
「別のにしようかな。左人志、何がいい?」
「ぼくはあんま好き嫌いないで、なんでもええよ」
「庭に獅子唐と茄子がなってるから、それで何か作ろうかな」
「それでええんちゃうか」
「そうしようか」
「大蒜よう使うのう」
「これ使うと大抵のものが美味しくなるんだよね」
「臭なるだけやんけ」
「それだけじゃないよ。旨味があっていろんな料理に使えるし、干しても使えるし」
「ほんまにまめやのう」
「……ローリエとクローブがなかったかな」
「スパイスはこの向こうて書いたぁるで」
「あ、新しいのがある」
「檸檬関係ばっかやんな」
「なんか今、流行ってるみたい」
「こんなもんにも流行廃りがあるんかいや」
「あるよ。食べ物で話題になるのあるじゃん。お菓子とかダイエット食品とか。今はキヌアが流行ってる」
「なんや、キヌアて。キアヌ・リーブスなら知っちゅうけど」
「キアヌ・リーブスじゃないよ、南米産の雑穀。米より低カロリーで栄養価が高いんだって」
「へえ。ダイエットするひとに人気あるのんか」
「そうみたい。普通のスーパーには売ってないみたいだけど」
「みんな必死やな」
「特に女の子はね」
「余分に食べんときゃ太れへんのにな」
「お菓子とか食べちゃうんじゃない?」
「ばかすか喰わんとけば済むことじゃろ」
「それが出来ないからダイエットするんじゃない」
「阿呆やん」
「まあね。左人志は太らない体質だから、そう謂うことが云えるんだよ」
「おまえかて痩せとるやないか」
「まあ、そうだけど」
「逆ダイエットした方がいいのと違うか」
「なにそれ」
「喰っちゃ寝喰っちゃ寝えして、カロリー高いもんばっか食べるとか」
「体壊しちゃうよ」
「そらそやな」

鰯のオイル蒸し。
 鰯は手開きで内蔵を取り除き、水洗いしてキッチンペーパーで拭く。
 アルミホイルに鰯を乗せ、塩をふり、スライスした大蒜を乗せる。
 乾燥パセリ、オレガノ、バジルなどをふり、オリーブオイルを垂らすようにかける。
 二十分程蒸す。

「なんじゃい。南蛮漬け、やめたんか」
「気が変わった」
「これも美味しそうやけどな」
「もうじき茄子と獅子唐が焼ける」
「焼き茄子か、ええのう。実家でよう、食べさしてもろたわ」
「ちょっとさっぱりしたものばっかかな」
「ええよ、別に」
「もういいかな……。ああ、いい具合に焼けてる。でも、獅子唐はすぐ萎んじゃうんだよね」
「茄子は熱いで、気いつけぇや」
「うん……。マジで熱い」
「生姜も擦りたてかいや。ビールやのうて日本酒がええな」
「その方が良さそうだね」
「おまえは呑まんとけよ」
「ひとくちだけ」
「それくらいならええか」
「美味しい?」
「旨いうまい。酒に合うわ」
「左人志、結構呑む方だよね」
「普通じゃろ。晩酌程度やんか」
「でも、毎晩呑んでる」
「浴びるほど呑んどるんちゃうで、かまへんやろ」
「休肝日、作った方がいいんじゃない? もうじき三十なんだから」
「そうじゃのう。そろそろ、体のことも考えなあかんなあ」
「内臓、強そうだから今はいいけどさ、悪くなってからじゃ遅いよ」
「会社の同僚がこないだ、糖尿病で入院したわ」
「三十で?」
「うん。そう謂う血筋らしいてのう」
「あれ、遺伝するっていうもんね」
「血圧高い、ゆっとる奴もおるしな」
「中年に差し掛かってるんだよ」
「いややなあ……」
「厭でも年取るんだから」
「なんや、えらい説教くさいこと云いよんのう」
「そんなことないよ」
「おまえがそんなまともなこと云うとはな」
「おれだってまともなことくらい云うよ」
「大人になったんじゃのう。えらいこっちゃで」
「からかわないでよ」
「からかってぇへんよ、ちょっと嬉しかったでの」
「ふーん」

胡瓜の味噌汁
 胡瓜は斜めに八ミリ幅くらいに切る。
 鍋に昆布を敷き、水を煮立たせる。
 胡瓜と賽の目に切った豆腐を入れ、胡瓜に火が通るまで加熱。
 火を止めて、白味噌を解き混ぜる。

「お、上品な味噌汁やな」
「夏らしく」
「今日、店行けるかも知らんで」
「本当? 甘利が来るからきっと喜ぶよ」
「あいつ、なんや忙しそうじゃな」
「うーん。配置換えになって、そこが忙しい部署みたい」
「広告代理店て、そないに忙しいんか?」
「何処の会社でも忙しいんじゃないの」
「まあ、そうやなかったら潰れてまうわな」
「七時に店開けるけど、来る時、別に連絡しなくていいよ」
「さよけ」

 ………………。

「お、甘利、来とったんけぇ。忙しい聞いちょったけど、閑そうやん」(左人志)
「閑じゃないよ。今日は外廻りから、直帰だったの」(甘利)
「影郎、客おらんけど、いつもこんなんか」(左人志)
「そんなことないよ、ねえ」(影郎)
「うん。常連も出来たよな」(甘利)
「へえ、上手くいっとんのや」(左人志)
「うちの上司も気に入ってるしな」(甘利)
「左人志に会ってみたいって云ってたよ」(影郎)
「女のひとなん?」(左人志)
「うん。でも、おばさんだよ」(影郎)
「おばんかあ。それはええわ、勘弁しといて」(左人志)
「きびしー。左人志は来る者拒まずの、ガンジーみたいな奴だと思ってたよ」(甘利)
「若い子ぉの方がええやん」(左人志)
「まあね」(甘利)
「でも、割と美人だよ」(影郎)
「幾つなん」(左人志)
「三十五だって」(影郎)
「そらあかんわ。無理無理」(左人志)
「だよなあ」(甘利)
「五才も年上はちょっとなあ」(左人志)
「なあ」(甘利)
「いいひとなんだけどな」(影郎)
「いいひとやっても、そんな大年増はあかんって」(左人志)
「なあ」(甘利)
「可哀想」(影郎)
「だいたいそんな年んなって……。ええ、独身なん?」(左人志)
「うん」(影郎)
「性格悪いんちゃうんか?」(左人志)
「悪くないと思うけど」(影郎)
「悪うないんやったら、なんでひとりなんじゃ」(左人志)
「さあ」(影郎&甘利)
「なんか原因があるんやって」(左人志)
「まあ、仕事熱心だからじゃないかな」(甘利)
「それはええことじゃろうけんど、女やとなあ」(左人志)
「そうだよなあ」(甘利)
「おなごが男と張り合うて、どないなんねん。上がガツン喰らわしたら終わりやで。本人にやる気があっても、社会が許さへん。気の毒やけど、それが常識じゃ」
「そうなんだよなあ」
「おじさんたちは厳しいね」(影郎)
「厳しい訳ちゃうって。おなごが社会を渡るのも厳しけりゃ、ええおなご捉まえようとするのも厳しいっちゅうこっちゃがな」(左人志)
「そんなもんかなあ」(影郎)
「影郎も三十になれば判るよ」(甘利)
「そう謂うの、やだな」(影郎)
「そんなもんやで」(左人志)

 夜は更け、犬たちは睡り、猫は集会に出掛けてゆく。ひとは夢の中に幸せを求めて入り込んでゆく。空には星が瞬き、眠らない街を車が走ってゆく。


2015,04,18.uplode

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