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映画の日、3。

「影郎、いつまで寝てけつかるんじゃ」
「……頭、痛い」
「ワイン二杯で宿酔いて、どんだけ酒弱いのんじゃ」
「大きいグラスだったから」
「大きないわ。もう飲まんとけ」
「そうする」
「おまえはほんまに、返事だけはええのう」
「返事だけじゃないよ」
「まあええわ。今日、天気ええで洗濯してんから、干したら出掛けるで」
「何処に?」
「まだ決めたらへんけど、家に籠っとったら不健康じゃろがい」
「天気いいならバイクで行く?」
「おまえ、転げ落ちるであかん」
「落ちないよ」
「誓うか」
「誓います」
「ほたらバイクで山の方、行こか。いっつも海行くで」
「山って何処」
「西地区の向こうから隣の市に抜けるとこの」
「しょぼい山……」
「此処ら山なん、あらへんやん。畑や田圃通ってくで、気持ちええん違うか」
「そうか。……洗濯終わったみたいだよ」

「なんやいな、おまえの服はどれもこれもこまいのう」
「だって背が低いんだもん」
「Sサイズって書いたあるけど、女もん違うの」
「女物のSサイズは幾らなんでも着れないよ」
「おかまみたいなんばっかやな」
「男物の服じゃん」
「学ラン似合わんかったもんなあ。仮装しちゅうみてえじゃったわ」
「左人志はスーツとか似合うからいいよね」
「社会人の制服やもん」
「おれ、絶対似合わない」
「冠婚葬祭用に用意しといた方がええのと違う?」
「レンタルでいいよ」
「影郎のサイズあるかな」
「あるよ。一六五センチの奴なんか幾らでも居るじゃん」
「まあなあ、うちの外廻りの奴にも影郎みたいに華奢で色白のがおるわ」
「背も同じくらい?」
「おまえより低いくらいかのう」
「スーツ似合ってる?」
「なんかなあ、モッズスーツみたいなん着ちゅうで。まあ似合おうとるでええけどな」
「そんなの着ていいんだ」
「仕事に着てくるようなもんちゃうような気がするけどのう。まあ背広には違いないで、ええんちゃうか」
「そういうのだったら、おれでも合うかな」
「合うんちゃうか、そいつの方が小柄じゃし」
「なんかあった時、そのひとに借りられないかなあ」
「そんな親しないもん」
「親しくしてよ」
「下心ありありで近づけるかいや」
「清く正しいんだねえ」
「おまえみたいに薄汚れてないんじゃ」
「汚れてないよ」
「見た目はの」
「中身も」
「どうだか。甘利に耳が腐れるようなこと聞かされとるでのう」
「口止めしたのに」
「心配しとんのじゃ、ありがたく思わんかい」

「なんでハンカチで手首縛るの」
「落ちひんように」
「なんか変態チック……」
「もうじゅうぶん変態やけぇ、気にせんとき」
「気にするよ、駅前まで外しといてよ」
「駅前に辿り着く前に落ちたがな」
「もう落ちないから」
「判ったわ。ヘルメット、ちゃんと留めたか?」
「留めた。懲りてるもん」
「おまえでも懲りるんやな」
「そんな馬鹿じゃない」
「馬鹿とちゃうことは判っとるけどの」

「あー、気持ちいい天気だねえ」
「出掛けてよかったじゃろ」
「うん。バイクは気持ちいいね」
「運転しようとか思わんといてくれや」
「思わないよ。クラッチの操作が難しそうだもん」
「別に難しないけど、おまえには無理やな」
「自分でもそう思う」
「女でも乗るんじゃけぇどのう」
「おれには無理」
「よう判っとるやないけ」
「二十五年、生きてりゃね」
「そう思うちょるなら、清く正しく生きんかい」
「生きてるよ」
「どこがやねん」
「全部」
「おまえが清く正しかったら、世の中犯罪者なんかおらんようになるわ」
「犯罪は犯してないもん」
「おまえはな」
「あ、あんなとこに建物がある」
「ああ、女学校があるらしいの」
「聖マリア女学院だ」
「知っちゅうん?」
「そこの子とつき合ったことがある」
「お嬢様なんちゃうんか」
「金持ちの娘だったよ」
「そんな子ぉが、なんでおまえなんかとつき合うてんねん」
「ひとの勝手じゃん」
「そらそうじゃけえど、親に云われへんようなことせんかったやろうな」
「してないよ、いつでも」
「ほんならおまえ、これまでしてきたこと全部親に云えるか?」
「云える」
「やめ。ショック死するかも知れへん」
「なんでー」
「わしがそうじゃったけえ」
「生きてるじゃん」
「一遍死んだわ、ぼけ」
「あそこまで行ったらいけないかな」
「あかんじゃろ。学校なんやし」
「じゃあ、もう降りる?」
「そうじゃのう、慥かにしょぼい山やってんな」
「山菜の季節でもないしね」
「そういうもんは摘んで帰らんでもええっちゅうのんじゃ」
「楤の芽とかあったらいいのにな」
「ないんちゃうか、そんな高級食材」
「ないかな」

「バイクで揺れた所為かビールが吹き出した」
「そんな揺れたかな」
「揺れたんちゃうか」
「早いけど、晩ご飯代わりにこれ」
「パイナップルの炒めもん?」
「パイナップルとセロリと鶏肉」
「けったいなもん作りよんなあ」
「エスニック風にナンプラーを使ってみた」
「お、旨いやないけ」
「肉とパイナップルは合うよ。ほんとは豚肉とか牛肉の方がいいんだけど」
「鶏肉でも旨いよ、セロリもええ塩梅じゃ」
「セロリ嫌いじゃなかったっけ」
「これはいける」
「映画観ようか」
「1からな」
「えーと、『キル・ビルvol.1』。リョウ君が解説入れてくれた」
「まめな子ぉやなあ」
「主演のユマ・サーマンの名は、チベット仏教に因んでいる。アメリカでの発音は『ウーマ』に近い。身長181センチとバレーボール選手並の為、モデルをしていたこともあった。ゲイリー・オールドマンと結婚するが、ボコられて離婚」
「ほんまかいな」
「主人公に刀を授ける千葉真一はジャパンアクションクラブ(JAC)を設立し、志保美悦子や真田広之などを輩出する。当人は日本での仕事がなくなり、アメリカでサニー千葉としてアクション俳優となるも、この作品に出演する頃には、既に過去のひととなっていた」
「それ、木下君が書いたんじゃろ」
「たぶん。……ヤクザの親分役のルーシー・リューは、レズビアンの噂が絶えなかった中国系の女優。本作の科白『ヤッチマイナー』は流行語になった」
「その解説、実際に図書センターで使とんのか」
「どうだろ」
「巫山戯過ぎやないか」
「リョウ君だから」
「まあええわ、観よや」

「植物人間の女こますて、最低やな」
「実際あるんじゃない? こういうこと。無抵抗なんだから、なんでも出来るし」
「あるんかいのう。下手に病気になられへんやないか」
「普通の病気なら大丈夫だと思うよ」
「……めっさ強いな、こいつ。子供の前でキャットファイトかいな」
「まあ、旦那殺されたし、自分も半殺しにされたんだから」
「……なんで飛行機に日本刀持ち込めんねや。有り得へんやろ」
「映画だから」
「映画だからってなんでも許されるんじゃったら、飛行機なんか乗ってちんたら移動せんと、海滑ってきゃええやないか」
「そういう話でもないんじゃない」
「えらいしょぼくさい寿司屋じゃの」
「沖縄だからかな」
「沖縄だからちゅうのは理由にならへんがな」
「板前だから日本刀、扱えるのかな」
「な訳あるけえ。全国の板前がみんな日本刀振り翳しとったら、世の中無法地帯になるわ」
「……また日本刀持って飛行機乗ってる」
「あほな映画やなあ。なんでブルース・リーの服着てバイク乗っとんのじゃ」
「意味はないんじゃない」
「意味なさ過ぎやわ」
「アクション・コメディって書いてあるもん」
「木下君の勧めるもんじゃで、しゃあねえか」
「うん」
「アニメーションが入るんけ」
「此処は日本のスタッフが作ったんだって」
「ちゅうかこの監督、めっさ日本好きじゃろ」
「日本オタクだって書いてある。アメリカの宅八郎&アゴ勇+江頭2:50だって」
「いろいろ混ざっとんのやな」
「この映画の為に覚えた割には日本語、喋れてるじゃん」
「片言やないか。……気にいらんこと云うたからて、首撥ねるか? 普通」
「ヤクザにそういうイメージがあるんじゃない?」
「日本国家をなんや思てんねん」
「あ、この娘。この役名は監督のタランティーノが北海道のゆうばり国際ファンタスティック映画祭で賞を取って、そこから取ったんだって」
「夕張ゆうたら過疎の村やん。しかもゴーゴー夕張て、なめとんのか?」

「インチキくさい料亭やなあ」
「料亭でバンドの演奏はないよねえ」
「……女高生がなに振り廻してんねん」
「あれ、当たったら痛いよね」
「自分の脳天に当てよんが」
「気の毒……」
「なんや、めっさ阿呆くさい映画じゃのう」
「リョウ君のお勧めだから」
「こないだ借りた時もあの子に訊いとったら、普通に『死霊の盆踊り』勧めたに違いないわ」
「あれよりはマシだけど」
「金、掛かっちゅうでの」
「……あ、いっぱい出てきた」
「ひとりで片づけるんか。特撮ヒーロー並みやな」
「映画だから」
「そればっか云うとんのう」
「ショッカーみたい」
「意識しちゅうんじゃろ」
「白い着物着て、きれいじゃん」
「ヤクザ映画からとったんちゃうけ」
「わざとらしい庭だねえ」
「もう、なんでもええわ」
「殺陣は一応、まともだよ」
「そうか? って、河童みたいに頭切るて、なに考えとんにゃ」
「美しくないよね」
「阿呆くさ過ぎる」
「あの女のひと、不味いよね」
「まあ、殺されるじゃろうな」
「だろうね」
「……腕、切られてもうた」
「生殺しかあ」
「最後の歌は梶芽衣子が唄ってるんだって」
「どうでもええわ。なんぞ食べようや」
「ランブータンがあるよ」

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