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おしまいで、はじまり。

——えーと、ステージでなんか喋るのははじめてで、ちょっと厭っていうか、戸惑ってるんですけど……、とりあえずメンバーを紹介します。
 客席から「影郎君可愛いー」とか、「ミサコちゃん紹介してー」という声が掛かる。
——うん、このミサコからね。彼女は一応ギター弾いてるんだけど、見ての通りちっこい子で……。おれが169センチなんでそんなに背え高くないんだけど、だいぶ違うよね。
 影郎、ミサコの前の死んだマイクに話し掛ける。
「音声入ってねえぞー」「PAちゃんと音入れろー」という男性の声が飛び交う。
 影郎がマイクを指でこんこん叩いて、「きこえるー?」と云うと、「聴こえるよー」「OK、オーケイ」という声がする。
——で、ミサコはこの通りちっこいから、当然の如く手も小さいのでまともに弦が押さえられなくて……、押さえたとしても指の腹が解放弦まで押しちゃって不協和音しか出せないというひとでした。これではただの騒音にしかならいので、音量は絞ってあります。彼女のプライドを疵つけない為にアンプには繋いでありますが、それでも耳障り以外のなにものでもなかった訳で……。え、なに?
 ミサコ、影郎に耳打ちする。
——へえ、練習したんだ。何で。
 ミサコ、更に耳打ちする。
——ああ、ピッグ・ノーズので。なんで最初っからあれで演んないの。
「かっこ悪いじゃん」
——不協和音鳴らしてるよりましだと思うけど……、まあいいか。えーと……、彼氏居るの?
「影郎君が居るから誰も寄ってこないよー」
——おれの所為なの?(会場の方へ目を遣って)なんか殿方が手え挙げてるけど、あんなかに好みのタイプは居ない?
「あの青いシャツのひと……」
——え? あ、照明ありがとう。どれ、ああ、あの壁際のひとね。手え挙げてないけど、嫌われてんじゃないの。前に話したことある?
「ないけど……」
——んじゃあ、ものすごく恥ずかしそうにしてるけど、何とかモノにして下さい。そちらの彼、とりあえず彼女はルックスと性格がいいという、殆ど欠点のないひとなので、更にギターを上達させたかったら背丈に合うものを与えてやって下さい。……ということで、次はベースのキタミちゃんに行きます。
「マイク使わねえと聴こえないぞー」「影郎君、声小さすぎー」という声が飛び交う。
——まいく……。あれ、なんでベースんとこにはマイクないの?
「コーラス入れないからじゃん」
——ああ……。じゃあ、なんでミサコんとこにはあるの?
「なんか、あれは置き間違いみたい」
——あ、そう。じゃあ、ぼくんとこのマイクスタンドから引っこ抜いてこなきゃなんない訳か。……その前にギター重いから、ちょっと置かしてもらうよ。
「仆れるなよー」という男性の声が掛かる。
——今んとこ大丈夫。えーと、で、なんだっけ。
「ベースの北見」
——ああ、そうそう、キタミちゃん。これ名前?
「苗字だよー。名前は皆実」
——はあ、北で南とは、方位磁針みたいな名前だったんだねえ。
「二年やってて、今更なに云ってんの」
——ああ、ごめん、キタミとしか覚えてなかったから……。
「ひっどーい。一緒に旅行だってしたのに」
 会場の女性客がざわめく。「ええー」「やだー」「うそー」という声に混じり、「節操なさ過ぎんぞー」という男性の声も聞こえる。
——旅行って、何処だっけ。
「有馬温泉」
——そりゃまた熟年夫婦が行くようなとこだねえ。
「ねえ、って他人事みたいに」
——うーん、よく考えてみれば行ったことがあるような気がする。多分行ったのはキタミちゃんとだけだから、それで勘弁して。
「もー、なんかそれで許しちゃう自分がすごく厭」
——厭なのね。おれのこと嫌いなんだ。
「嫌いだったらバンドなんか一緒にやってる訳ないじゃん」
——女心は非常に複雑ということで。南北は彼氏居るの?
「なんでいちいち男が居るとか聞くのよー」
——一応、責任上。
「影郎君が居るから寄って来ないって」
——妨害した覚えはないけど。
「そこが影郎君の性質の悪いとこなんだってば」
——おれ、そんなにタチ悪いの。
「その天然振りがひとを振り廻してるの。まあいいけど、優しいし、害はないし……」
——害はないそうです。
 影郎、マイクのコードを鬱陶しそうに払いながらドラムセットへ。
——彼女は天性のリズム音痴ドラマー、ゆみえさんです。普通、リズム隊……。ベースとドラムはバンドに於いて非常に重要なポジションなんですが、彼女はタンバリンすらまともに叩けません。このドラムセットを見て頂ければ判ると思うんですが、シンバルとハイハットがないです。というのは、ああいった金属的な音はアンプを通さなくても響いてしまうので、おれが強制的に撤去しました。どうしてかっていうと、振り廻したスティックが間違って当たったら目も当てられないと云うか……、まあそういう訳で。彼女は小学校の鼓笛隊で小太鼓を叩いた経験しかないというひとです。一日でバトンガールに配置換えになったそうですが。バスドラ叩くと上半身が止まってしまうという、致命的な欠陥を持ち合わせております。
「少しは上達したよ」
——なにが?
「タンバリン」
——うーん、リズム感が少しはまともになったってことかな。
「ドラムじゃなくて、キーボードだったら出来たんだけど」
——え、そうなの?
「うん」
——もっと早く云ってくれれば良かったのに。
「影郎くんがドラムのヴィジュアルに拘ってたから、云い出せなかったんだよ」
——バンド形態でドラムがないと、ステージが締まらないじゃん。
「まあね」
 影郎、マイクのコードを引き摺りながら中央に戻ってくる。
「おーい、仆れるなよー」「大丈夫ー、影郎君」という声が掛かる。
 スタンドにマイクを設置して、無表情の影郎。
——んーと、これまでメンバー紹介なんかしなかったけど……。ああ、おれの紹介がまだか。おれは草場影郎といって、実に縁起の悪い名前なんだけど、そんなことは関係ないか。バンドの曲を全部作って、今の説明を聞いて判った通りアレンジもやってたけど、意味がない。彼女らは……、んー、ベースのキタミ南北?
「皆実つってんじゃん」「メンバーの名前くらいヤった以上、正確に覚えろー」「鬼畜」という男性の声が響く。
——「鬼畜」とはもの凄いことを云われてしまった……。喋るのやめればよかったな。
「やめなくていいよー、影郎君」「カゲロー、おもしれえからもっと喋れ」などという声が飛び交う。
——んーと、なんだっけ……。ああ、ベースの子以外はまともに楽器が扱えないから、はっきり云えばおれが弾き語りすれば済むんだけど、なにしろ淋しがり屋なんで……。こんなきれいどころを揃えてしまって、助平と云われればそれまでなんだけど、うん……。で、まあ、今までステージで一言も発しなかったというのに、メンバー紹介をしたのには勿論理由があって、つまり、これが最後のライブになるのです、はい。
 会場どよめく。男女問わず声が上がる。
——うーんと、そんなに反応があるとは思わなかったけど、まあホーム・ページも作ってなかったし、これが最初で最後の紹介ということで。(メンバーを見渡して)なんか云い忘れたことない?
 ベースの北見が「結成のきっかけとか」と小声で云った。
——ああ……、結成ねえ。おれが十四の時にお古のアコースティックギターを誰かから貰って、まあ、最初は音階を探り探りやってて……。で、ピックの使い方なんかも知らなくて、全部指引き、爪弾き、アルペジオ。だから今でもピックは苦手。という訳で、コードをじゃーんと弾ける奴とベースとドラムをなんとか揃えてバンド形態になったのはいいけど、そいつらの彼女がトチ狂っておれの方へがばっと来ちゃって、バンドは空中分解した訳。メンバーが男だからこんなことになるんだ、と思って女の子から選んだらこんなんで……。おれの苦労も少しは判って慾しいんだけどなあ。
「判るか、女たらし」「節操なし」「影郎君は悪くないよー」「もっと腕のあるメンバー集められたのにー」という、野次ともつかない客席の声。
——取り敢えず、おれはこういったことはあくまで趣味としてやってくつもりだから、好きなように云ってもらって構わないけど、残りの女の子たちはおととい話し合ったところでは、何がしか音楽に関わって行きたいらしいんで……。客席見ると、こういうとこには珍しく男女の比率がほぼ半々ってことは、半分は彼女ら目当てで来てるんだよね。なんか、コネ……。いや、それ以前に楽器の練習なり、ボイストレーニングなりしてやってくれないかなあ。見ての通り、ひと並み以上におきれいなお嬢さん方だから。
「全員、手えつけたんだろー」「やだあ」などと客席から声。
——まあ、そのあたりは本人たちに訊いてもらうとして、彼女らはぼくに含むところはないらしいので……。だったよね?
 メンバー一同、頷く。
——ということで、これでお仕舞いです。おれがこういう場で音楽活動したりすんのは、今後一切ないので。特に目立つ顔立ちしてないからすぐに忘れ去られると思うけど、そういうことで、おつき合いありがとうございました。
 客席から向かって左手にひとりづつ引き上げて行く(楽屋がそこにある)。

「ちょっと影郎君、仆れないでよー、いきなり」
「なに、これ。責任放棄っていうの?」
「仆れるのはのはいつものことだからいいけど、お客さん帰っていかないよ」
「ミサコ、例の青いシャツの彼氏に話し掛けてきたら」
「えー、やだあ。すごく真面目そうだから、影郎君と一緒にバンドなんかやってただけで、もんのすごい遊び人って思われてる筈だもん」
「影郎君も遊んでるつもりはないと思うんだけどねー」
「あっちこっちに手え出すけど、『最近何してるー』とか云われると怒る気もなくなるってみんな云ってるもんね」
「悪気がないんだよねえ。ってか相手、女だけじゃないし」
「そこがねえ」
「まあ男女問わず博愛主義?」
「愛想がいいからね」
「誰に対しても思い入れはないんだけどさ」
「寄ってったこっちが悪かった、みたいな気分にさせられちゃうもんねえ……」
「あー。青いシャツの子、帰っちゃいそう」
「行ってきなよー。ライブなんてもう、これが最後だよ」
「ほら、ミサコ、行け行け」

——あの……、もう帰っちゃうんですか?
「え、うそ。ミサコちゃ……、さん」
——なんかいつも来てくれてるみたいで、なんていうか、嬉しいなあって。
「いや、おれ、実はアイドル好きの男に無理矢理連れて来られた口なんだけど、小さいライブハウスだし、やってる曲も今風じゃなくて……、逆に新鮮っていうか……。っておれ、なに云ってんだろ」
——あはは、あたしなんかまともにギター弾いてないんだから、そんなしどろもどろになんなくてもいいよお。
「いやー、でも先刻までステージに立ってたし。おれ指差された時、心臓停まるかと思ったもん」
——そのアイドル好きの男の子は?
「んー、別に親しくなくて、友達の知り合いみたいなんで……。よく居るじゃん、ネットアイドルとか、まだ誰も知らない娘に飛びついてわーわー云ってるの。おれはそういうのじゃなくて、一応バンドで男がボーカルだっていうからついてきただけで。
——でも、見掛けるようになって半年くらい経つけど……。
「あー、なんで彼ひとりで弾き語りするとか、他にちゃんと演奏出来る奴見つけてやらないのかなあって興味持っちゃって……。あ、ごめん」
——事実、事実。コードは知ってんだけど、ほら、手がこんなちっちゃいから届かないの。
「子供用のギターとか使えばよかったのに」
——今からしてみると、そうすればよかったかなーって思う。ほら、子供の頃からちっこいと、ちゃんと大人が使うものに憧れるんだよね。
「ウクレレとかにすれば」
——もしかして、馬鹿にしてるの?

「あー、客が減ってきた。カウンターでなんか呑もうか、南北」
「どうしてあんたまで南北ってゆーのよ」
「えー、面白いじゃん。さすが影郎君」
「さすがって、面白がんないでよー」
「いひひ、でも喜んでる。影郎君、渾名なんか普段つけないもんね」
「渾名じゃないって」
「あれ、楽屋に左人志さんが這入ってく」
「保護者登場」

「影郎、いつまで寝とんのじゃ。ちゃんと片づけて、家帰ってから寝んかい」
——……あれ、左人志、来てたんだ。
「なんや今日の。前触れもなく解散って」
——ああ、最近決めたから。なんか面倒くさくなっちゃったんだよね。駄目?
「別にぼくが口出す筋合いやないでええんじゃけえど、めんどくさなったて、無責任すぎるんちゃうか」
——メンバーの子たちも納得してるよ。
「さよけ、ならええわ」
 影郎、立ち上がってステージに戻る。なんとなく左人志もついていく。
——片づけるって、ギターとシールドだけなんだけど。後は店の機材だから、片づけて持ち帰ったら逆に窃盗罪になるよ。
「世話になったんじゃけえ、他の子ぉのもやったらんかい。あと、スタッフの手伝いとか」
——そこまでしなきゃなんないの。……まあいいか。ゆみえさんは自分でスティック持ってっただろうし、ミサコのシールドは……。なんでカールコード使ってんの。
「ひとの勝手じゃろうが」
——まあそうだけど、これ絡まって面倒だから……。ああ、キタミちゃんはフツーのシールドだ、よかった。まさか二本のギターとベースを一度に持ってけとか云わないよね。
「そうやってぶつぶつゆうちょるうちに、女の子ぉら来てまったやないか。だらしねえのう」
「ごめんごめん、影郎君。ひとりでやらせちゃって」
「いいって、男なんだから全部やらせとけば」
「遊木谷先輩、厳しー。こんなあたしより痩せっぽちの影郎君に、全部任せられないですよー」
——うーん……。おれのより重いギター、肩から下げてたんだねえ。ミサコって、もしかして筋トレとかしてんの?
「してないよー、左肩にめりこんでるってば。影郎君はアコギだけど、わたしのはソリッドだもん。重いに決まってんじゃん」
——だから、アンプ内蔵の玩具みたいなので弾けばよかったのに。女の子が無闇に筋肉つけても意味ないよ。って云っても、大工とかになるんなら必要かも知んないけど。
「なんで大工ー? 影郎君、そんな普通の顔して、そういうとぼけたこと云うからみんな喜んじゃうんだよー。自覚してる?」
「そうだよ。今日のMCだって、なんかぼやき漫談みたいだったし」
——それ、ちょっと云い過ぎじゃない?
「で、影郎君はこれからどうするの」
——飲食店でも始めようかと思ってる。
「へえ、すごいじゃん」
「影郎君、料理得意だもんね」
——素人の料理じゃ通用しないだろうから、どっかで修行はするつもりだけど。
「影郎君に出来るのかなあ」
「まあ、頑張って」
「お店開いたら教えて、食べに行くから」
——いつになるか判んないよ。
「期待しないで待ってる」

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