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 彼は煙草と酒だけを持って卵の中へ這入った。
 裡は殻越しの光りだけで暗い。マッチを擦り煙草に火を点けた。空腹の一服は脳に堪える。くらくらする。更に彼は、ウオトカを壜から直接飲み下す。体裁など繕う必要はない。此処には誰も居ないのだから。
 卵の裡は狭く、体を伸ばすことが出来ない。膝を抱え、煙草の烟りで涙を流し乍ら酒を呑むのは、堕落したようで面白かった。
 不思議と、酒も煙草もなくならなかった。勿論、マッチも。
 此処では、ひとりは孤独ではなかった。
 彼はひとを信じず、神も伝説も迷信も必要としなかった。それらのない場所を求めて、卵の中に這入ったのだ。
 食慾は性慾と同じで、求める気持ちがなければ切実な事柄ではなくなる。酒がその代わりを満たした。卵が彼を守るようにくるんでくれた。吹かす煙草が語る言葉の代わりとなった。

 或る時、彼の心地よい静寂を破る音が卵の裡に響いた。罅割れた殻の向こうから光りが漏れてくる。
 そして卵は割れ、中身は熱いフライパンの上に落ちた。

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