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誕生日

「誕生日おめでとう。二十四才だね」
「やっとね。そろそろ大人扱いして慾しい。リョウ君なんかほんとに小馬鹿にするから」
「影郎が頼りないからいけないんだよ。でも最近、確乎りしてきたよね」
「そうかな、左人志にも怒られてばっかだけど」
「親代わりみたいなもんだからじゃない? 一度会ってみたいな」
「会って何か得する訳じゃないよ」
「得なんかしなくてもいいけど、もしかして会わせないようにしてる?」
「違うよ、休みが合わないから都合がつかないだけ」
「ああ、そうか。ぼくは平日が休みだからね。はい、これ」
「なんだろ、レコードだ。よくこんなの手に入ったねえ。でも、どうやって聴くの?」
「センターでプレーヤー借りてきたよ」
「そんなものも貸し出してるんだ。ジャケットが似てるけど、こっちのバナナのは見たことがある」
「それはアンディー・ウォーホルの作品で有名だからね。ベルベット・アンダーグラウンドのファースト・アルバム。もうひとつは、それのパロディだろうね。内容は違うけど」
「高田渡って聞いたことないなあ」
「木下君に勧められたんだけど、そのひとの映画もあるよ。借りてきた」
「どんなの」
「『タカダワタル式』っていうドキュメンタリー。殆どライブ映像らしいんだけど」
「ふーん。あとで観ようか」
「春らしい料理ばっかだけど、外で食べなくてよかったの」
「いいよ、自分で作れるんだから。日本酒でいい?」
「そうだね、ちらし寿司だし」
「雛祭りはちらし寿司だからね」
「雛祭り生まれって、如何にも影郎らしい」
「なんで? 女の子の節句じゃん」
「だから」
「……おれ、男だよ」
「それは判ってるけどね。雛あられでも買っておけばよかったかな」
「左人志がくれた」
「あはは、そうなんだ」
「毎年くれる」
「他には?」
「何も寄越さない」
「考えつかないんじゃないかな。影郎、何も慾しがらないから」
「そんなことないよ」
「何が慾しかったの」
「……特にないや」
「でしょ。ほんとに慾がないね」
「慾望はあるよ」
「あ、そう」
「燃え滾ってます」
「鎮火させて。では、乾杯。二十四才おめでとう」
「ありがとう」
「筍と菜の花の白和えか。菜の花、花が咲いちゃってるけど、これでもいいの?」
「食べられるよ、エディブルフラワーってあるじゃない。パンジーとか食べるやつ。あれよりは普通だと思う」
「ちらし寿司に乗ってるのは、これ、鯛?」
「そう。湯引きした」
「湯引きって?」
「さっと湯にくぐらすこと。身が引き締まって味も濃くなる」
「ふーん。ちょっと変わった味の酢飯だね」
「檸檬汁を少し入れた。美味しくない?」
「美味しいよ」
「すまし汁に入ってるのは浅蜊」
「ああ、もうじき潮干狩りの季節だね。やったことある?」
「左人志に連れてってもらってやったことがあるけど、あれ、腰が痛くなるんだよね」
「慥かにね」
「貝の砂出しは海水でやるといいんだよ。流しが凄いことになるけど」
「どうなるの?」
「貝がぴゅーぴゅー塩吐いて、そこら中水浸しになる」
「それは大変だね」
「紘君は潮干狩したことあるの?」
「実家に居た時にね」
「紘君の実家って何処?」
「静岡。何もないとこだけど」
「お茶や蜜柑が有名だよね」
「魚も美味しいよ。生シラスなんかがスーパーで普通に売ってる。生姜醤油で食べると美味しい」
「いいなあ、この辺、海に近いけどこれといった特産物がないからねえ」
「そうだね。でも日本酒とか醸造酢の蔵元があるじゃない」
「日本酒の蔵開きに行ったことがある」
「へえ、どんなの」
「蔵を見学して、お酒の試飲するの。やっぱ原酒は美味しいよ」
「濃くない?」
「濃厚だけど、さっぱりしてる。結構フルーティーだった」
「吟醸酒みたいな感じなのかな。そういうの、面白そうだね」
「毎年開催してるから、来年一緒に行こうか。マイクロバスが出てるから」
「車では行けないよね」
「みんな結構酔っぱらってるよ。お爺さんが仆れたこともあったし」
「影郎は仆れたりしなかった?」
「左人志に見張られてたからね」
「保護者が居ると心強いねえ」
「保護者じゃない、従兄弟」
「はいはい」
「馬鹿にして」
「してないよ」
「いいけど」
「素直でいいねえ」
「褒められてる気がしない。レコードかけようか」
「ああ、プレーヤーは向こうの部屋にある」
「持ってくる」
「主賓を使う訳にはいかないからぼくが取ってくるよ」
「どうも、此処でふんぞりかえって待ってる」
「……簡単なプレーヤーだから音が悪いと思うけど」
「こんなコンパクトなやつなら仕方ないよ。どっちにしてもレコードならそんなに音質よくないんじゃないかな」
「デジタルよりも音の幅は広いんだけどね」
「そうなんだ」
「うん、可聴範囲外の音も入ってるらしい」
「へえ、紘君はもの知りだね」
「仕事に必要なことはね」
「真面目だねえ」
「それしか取り柄がありませんから」
「どっちがいいかな」
「ベルベット・アンダーグラウンドはちょっと暗いから高田渡の方がいいんじゃないかな」
「胡瓜の方ね。……ああ、フォークなんだ。こういうの好き」
「フォーク・バンドをやったんだもんね」
「うん。メンバーの半分が楽器弾けなかったけど」
「なんでそんな子をメンバーにしたの」
「性格がいいから」
「そういう観点で選ぶもんかなあ」
「前のバンドの奴らが酷かったから懲りた」
「何があったの」
「そいつらの彼女がみんなおれに靡いちゃって、襤褸糞に云われたんだよ」
「それは影郎が悪いんじゃないの?」
「おれが誘った訳じゃないよ」
「もてるんだねえ」
「その時だけ」
「今は彼女居ないの」
「適当につき合ってる子は居るけど」
「敵を作らないようにね」
「それだけは気をつけてる」
「ならいいけど」
「なんか貧乏臭い歌ばっかだなあ」
「この頃のフォークはそうなんじゃないかな。四畳半フォークなんて言葉があったくらいだから」
「死ぬほど貧乏臭い言葉だね」
「あはは、そうだね」
「お酒、今度は燗にする?」
「冷やでいいよ。春だし」
「まだ肌寒いけどね。桜が咲いたら花見に行こうか」
「いいね、学生の頃はよく行ったけど、就職してからは一度も行ってないから」
「この辺だと何処がいいんだろう」
「南地区の霊園がいいんじゃないかな。大きな公園があるから」
「混むんじゃない?」
「平日だったらそんなに混まないと思うけど」
「場所取りした方がいいのかな」
「ふたりならなんとでもなるんじゃない?」
「便所の脇とか桜のないとこだと厭じゃん」
「それはそうだね」
「何作って行こうかな」
「唐揚げとかでいいんじゃない」
「うーん、もうちょっと凝りたい」
「考えといて」
「紘君の誕生日はどうしようか」
「まだ先だよ」
「七月だよね。二十七になるんだっけ」
「うん。子供の頃はそんな年のひとをおじさんって呼んでたなあ」
「そう呼ぼうか」
「やめて」
「草村おじさん」
「やめなさい」

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