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アムちゃん。

 アムちゃんはカトキチの恋人で奥さんで、プリンを作っている。犬を飼っていて、ふたり暮らしではなく三人だと云う。
「犬っころみたいに体を動かしてけらけら笑い、無邪気な目でまっすぐ見つめてくる」アムちゃんは、プリンを路上で販売し、現在は北海道へ移り住み、そこでもプリンを作っている。
 自分のことをアムちゃんと云う。
 彼女は子供の頃、犬になりたかったそうな。今は樹になりたいらしい。カトキチと根っこが一緒で、ふたつに分かれた樹になりたいのだそうな。
 可愛い。
 アムちゃんは美容師になりたかった。で、学校へ通った。でも、駄目だった。全部をひとりでやりたい彼女には向かなかったのだ。
 遺跡発掘のアルバイトをしたり、インドや東南アジアへひとりで行った。でも、どうしたらいいか判らなかった。自分が摑みきれない。医者にも通い、薬も飲んだ。何も出来なかった。服も選べず、裸で暮らしたいと思った。
 それでも頑張って頑張って、働いてお金を貯め、アフリカなら裸で暮らせるだろうと思い、行ってみた。しかしアフリカも現代社会に俗されており、アムちゃんが望むところはなかなか見つからない。
 マラウイというところが近い感じがして、そこに滞在した。そこで理想のものを見つけた。マサイ族が住む場所だ。
「アムちゃんにはなんの目印もないところに見えるんだけど、槍を持って体に布を巻いた裸のひとが、スーって歩いていったの。夕日の方に向かって、まっすぐに。その時、日本じゃなくて、なんで此処に生まれなかったんだろうって思った。アムちゃんもついて行こうかと思ったんだけど、出来なかったの」
 日本に居たアムちゃんは生きるのに難儀していて、それでもみんなこんな風だと思っていた。カトキチに会うまでは。
 電話を掛けられなくて、何日も何日も誰とも喋らず、カトキチと話した時にそれを云ったら「そんならおれが掛けてやる」と、その場で彼はアムちゃんに電話を掛けた。
 誰もやらないなら、おまえの望むことはおれがやってやる。
 カトキチはなんと男前なのだろう。
 アムちゃんは自分が引き篭ってしまうことを仕方がないと思っていたけれど、世間はそれを病気だと云う。
「自分はそれが普通だと思っているの。ただ単にそういうひとだと思っているの。日本だとそれは病気ですって云われても、病気とかない国に行ったら、ただのそういうひとでしょう」
 カトキチはそんなアムちゃんを受け入れ、
「じゃあ、アムちゃんはそういう性格の生き物として、浮き沈みの波を、自由に思いっきり味わって、やりたいように生きればいいじゃん」
 と云った。
 アムちゃんは生きる意慾を手に入れた。ヒットポイントが増えたのだ。カトキチは基本的にプラス思考の人間で、
「リストラで仕事がなくなっても、ホームレスになったとしても楽しくやれるだろうし、老人になっても、歩幅が狭くなったことを楽しめばいいじゃん」
 とか云う青年だったのだ。稀有である。
「アムちゃんは生きているだけでも大変なひとだから、大変じゃなくする為に北海道へ行くことにした。それに、アムちゃんの夢の暮らしは、すげー面白そうだから」
 北海道に決めたのは、「日本語が通じること、大自然の中で暮らしたいこと、プリンの材料が全部あること、土地が安いこと、原始人のようにただ普通に暮らしたい、が実現出来ること」それらがすべて叶うからであった。
 襤褸々々の家屋を買って、自分たちで修繕した。大切な、好きなものだけを揃えた。そして、毎日プリンを作るアムちゃんを、カトキチは傍で支えている。
 東京から移ったアムプリンは、「エゾアムプリン」として通販を請け負っている。すべて手作りなので、注文から届くまでに半年かかる。それでも注文は引きも切らない。美味しいからだ。アムちゃんが丹精込めて、ひとつひとつ作っているからだ。一年待っても食べたいと思えるからだ。


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