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ショッピング


「カゲロー。出掛けぇけど、おめぇも一緒に行くけ?」
「何処行くの」
「ジャスコ」
「行く」
「ほんじゃあ、車で行くか。……おい、それ寝間着やねえか」
「寝間着じゃないよ」
「それ着て寝とったじゃけぇが」
「着て寝てただけで、寝間着じゃないもん」
「口の減らんやっちゃのう。待っとるで、着替えてけえ」
「判った」
「早よしぃや」

「なに買いに行くの?」
「服」
「GAPで?」
「うん」
「なんであそこでばっか買うの」
「安いけえ」
「ユニクロかH&Mの方が安いんじゃない?」
「近所にねぇじゃろう」
「隣町にあるよ」
「近うで済ませられんのに、なんで遠くに行かなならんのじゃ」
「左人志、意外と面倒くさがり屋なんだねえ」
「そうゆう訳とちゃうわい。用もねえのに遠いくまで行く必要なかろうが」
「まあ、そうだけど」
「おめぇはなんぞ用でもあるんかい」
「ないよ」
「ならなんでついてくんのじゃ」
「スーパー好きだもん」
「要らんもん買わんとけぇよ」
「保存瓶が慾しいかも」
「またなんぞ作りよんか」
「うん。昨日ネットで調べたら美味しそうなのがあった」
「どねえなん」
「乾燥トマトのオイル漬け」
「旨えんかいや、そねぇなもん」
「そのまま食べるんじゃなくて、調味料みたいにして使うの」
「ほお。けど瓶なん、百均で買えるんちゃうのか」
「うーん。やっぱ密閉性が違うからなあ」
「スペースシャトルの中じゃあるまいし、どんだけのもんを求めとんのじゃい」
「贅沢云ってるんじゃないけどさ、いいのを使うと、違いがすごく判るもん。WECKやル・パルフェの瓶は、やっぱりいいよ」
「拘るのう。何処が違うんじゃ」
「蓋が違うんだよ。パルフェは留め金が固定で頑丈だし、WECKはパッキンと留め金が別で、衛生面でも信頼性が高いし。特にWECKは洗い易くて、瓶で調理も出来るから便利なんだよね」
「おめぇ、いつからそねえに料理に興味持ちよったん」
「子供の頃から」
「変わっちょるのう」
「そうかな」
「パンやら、作らんの」
「うち、オーブンないじゃん」
「作るんやったら、買うちゃろうか」
「いいの?」
「安かったらな」

 ‥‥‥‥‥‥。

「これ、いいんじゃない?」
「うーん、似たようなの持っちょる」
「此処に売ってるの、殆どベーシックなやつだから、似たようなもんばっかだと思うよ」
「まあ、そうじゃけどのう」
「なにが慾しかったの?」
「だいぶよれよれになってもうたで、シャツを一枚くれえなあ……」
「一枚だけ?」
「まあ後は見て決めるわ。おめぇは瓶かオーブン見てきたらどうじゃ」
「そうする」

「此処におったんか。めっさ、探したで」
「電話してくれれば良かったのに」
「繋がらんかった」
「え……。あー、電源切れてる」
「充電しいひんかったんか」
「そうみたい」
「阿呆」
「会えたからいいじゃん」
「こんなとこでなに見ちょってん」
「んー、調味料とか置いてあるから」
「ほお、変わっちょるのがあるのう。此処、雑貨屋じゃろ」
「うん。でも調理器具とか揃ってるし。……高いけど」
「輸入品のな、見た目重視のばっかやでちゃうか」
「可愛いじゃん」
「便利なんかのう」
「便利そうなものがたくさんあるけど……。そうだなあ、女の子の雑誌に紹介されてるようなのばっかだね」
「玩具に近え色使いやしな」
「まあ、そこが受けるんだろうけど、おれはそういうのに拘らないから」
「そこら辺は男らしいんじゃのう」
「全面的に男らしいよ」
「どこがやねん」
「お爺さんの真似しないで」
「普通の大阪弁やがな」
「それ、お爺さん」
「余所もんからしたら、大阪弁も岡山弁も変われへんわ」
「まあそうだけど……。あ、これ面白い」
「桜ポン酢?」
「酢を入れるだけで出来るんだって」
「旨えんかの」
「どうだろ。ちょっと高いかな」
「買うちゃろうか」
「いいの?」
「こんくれぇなら出せるわ」
「やった」

「オーブン見るんか?」
「んー、いいや。輸入食品のとこ見たいな」
「そんなもん、あったけえな」
「あるよ。お酒売ってるとこの向こう」
「そうけぇ。よう知っちょんの」
「ほら、彼処」
「はあぁ。外国のもんちゅうだけで、お洒落に見えるもんじゃのう」
「あったあった、ドライトマト」
「干からびちょるがな。こねえなもん、なんに使うん」
「パスタソースなんかに刻んでいれたりする」
「缶詰の種類が凄えのう。スパゲッティーの缶詰まであるんか」
「缶詰のパスタって短かいんだよ。フォークにくるくる巻きつけて食べられるひとって、イタリア人以外、そんなに居ないんだって」
「なんでそねえなん、知っちゅうん」
「スエーデン人の友達に教えてもらった。向こうのひとはスパゲッティ、ナイフとフォークで食べるんだって」
「なんじゃったっけ。アメリカ映画で、握りこぶしくれえ、フォークに巻きつけて喰うとったな」
「なんだったかな。SF映画だったよ。スパゲッティ食べる時にスプーン使うのって、本式じゃないらしいよ。おれはスプーンなんか、使ったことないけど」
「昔の日本じゃのう、フォークの使い方よう知らんで、ご飯を背に載せて喰うちょったらしいゆうわ」
「それ、変だよ」
「上品な喰い方や、思うちょったんじゃろ」
「あ、生パスタがある。食べたい?」
「ええのう」
「じゃあ、海老も買おうかな」
「海老をどねえすんの」
「海老の味噌でソース作るの」
「そらぁ美味しそうじゃの。作ったことあんのけえ」
「ない」
「……味の保証は出来るんか」
「不味くはならないと思うよ」
「どねえな海老使うの」
「普通の海老でいいよ。車海老とか」
「味噌でソース作るちゅうと、仰山買わなあかんのちゃうんか?」
「コンソメスープで伸ばすから、そんなにいっぱい要らないよ」
「そねぇやったら、コンソメ味になってまうじゃろうが」
「コンソメは控えめにするし、自家製だから」
「そぉか」
「あ、車海老特売だって。殻つきで安いよ」
「これ、網焼きにした方が旨えんちゃうか」
「そうかも……。あ、バーベキューにしようか」
「炭、あったけえの?」
「あるよ」
「ほんなら帰ってやろけ」
「あったかくなってきたしね」
「ビール買うてこ」
「どれがいい?」
「ギネス」
「黒ビール好きだねえ。アイルランド人みたい」
「ええやんけ、別に」
「いいけど」
「他に買うもの、ないの?」
「ない」

「これ、こないだ作った塩檸檬。海老につけると美味しいと思うよ」
「そねえなもん作ったんか」
「うん。イタリアの調味料なんだって」
「まめにこせえよるのう」
「手間はそんなに掛からないよ。漬け込むだけだから」
「へえ。いろいろ作りよんのう。……ほれ炭熾すで、支度しとき」
「野菜切って、エリンギを手で裂くだけだよ」
「それやっとけぇて」
「判った」
「手、切りやんなよ」
「切らないよ」
「料理上手ちゅうても、信用でけへんでの」
「はっきり云って、左人志が包丁振るうより玄人はだしだよ」
「おぉ、云うてくれるのう。この小童が」
「こわっぱって、判んないよ」
「ありえへん。勉強しぃや」
「学校の授業じゃ教えてもらわなかったし、そんなの生活にはなんの役にも立たない言葉だと思うね」
「小理屈こねえなや。悪りぃけんど、ぼくは一流企業に勤めて、阿呆みてぇに働いてるけんども、そうした知識が役に立たんとは思わんで。実際、役に立っとるわ」
「組織の歯車になって、ナニが面白いの」
「おもろいもナニも、決められたこと、云われたことをやってこますのが社会人じゃ。大人の務めやんけ」
「それでどうなるの」
「……おめえ、大丈夫か? 叔父さんと伯母さんが心配になってくるやないか」
「お父さんとお母さんは、適当に愉しくやってるから大丈夫」
「大丈夫とは思われへんで、云うちょんじゃ」

「このピーマン、うちで作ったんか」
「うん。獅子唐も」
「家庭菜園でも、結構出来るもんやな」
「いろいろ調べて作ってるもん。茄子やトマトなんかは連作出来ないから、畝を変えなきゃいけないとか」
「よう調べちょるんじゃのう。なんで勉強は嫌いじゃったん」
「面白くないもん」
「おもろのうてもやらな」
「学校の勉強なんか、社会に出たら役に立たないよ」
「そらそうじゃけんど、まったく無駄っちゅう訳やねえで。そもそもおめえ、社会に出ちょらんがな」
「何も困ってないから、大丈夫」
「呑気なやっちゃのう」
「ビール、ひとくち頂戴」
「仆れるであかん」
「ひとくちだけで仆れたりしないよ」
「いっつも仆れとるじゃねえか」
「仆れないって」
「ひとくちだけやぞ」
「あー、普通のビールより美味しい。まろやかだねえ」
「ひとくちじゃちゅうて、何ごくごく飲んだんねん」
「喉、乾いてて」
「まあええわ。‥‥‥塩檸檬て、この汁け?」
「そう。檸檬切って、塩で漬け込んだだけ」
「お、うめぇじゃん」
「魚料理なんかに合うって書いてあった」
「ほお。生半可な知識でも役に立つんじゃのう」


 ——バーベキューが終わり、やっと買いものの中身を慥かめ合うふたり。

「なんだか主婦の買いもんみてえな内容じゃの」
「食料が多いから?」
「んー、まあ、所帯くせえもんはねえのう。逆にオカマくせえわ」
「おかまじゃないよ。男だって、調理に興味持った方がいいよ。生活の基盤なんだから」
「へえへえ。きみは素晴らしいですよ」
「……どんな服買ったの」
「これ」
「なんか、代わり映えしないねえ」
「そうゆう趣味しとんのじゃ」
「流行の服なんかは着ないの?」
「なに流行っとるか知れへんもん」
「雑誌とか見ればいいじゃん」
「休みの日に着るだけやのに、金掛けたってしゃあねえやん」
「地味くさい」
「ほっとけちゅうんじゃ」

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注)ジャスコというのは、これを書いた時点(2015年7月2日)で、名称は『イオン』に変わっている。ただわたしはボンクラなので、いつまで経っても(この当時は)JRを国鉄と云い、ジャスコはジャスコのままなのであった。
 なので、この話の裡でふたりが行くのは、『イオン』であり、ジャスコも国鉄も、当然ながら省線なども存在しない世の中である。
 しかし何度も断るけれども、現実とは一切、関わりのない世界の話である。

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