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映画の日、2。


「あ、今日はリョウ君が居る」
「カゲロー、来たのか」
「左人志が休みだから、映画借りにきた」
「大変ですねえ、お守りするのも」
「ひとりでふらふらされるよりいいからね」
「まあ、こいつは何すっか判んないですからねえ」
「なんにもしないよ」
「こないだ帰って来なかった晩、何してたんだよ」
「ナニしてたんだ、コラ」
「………」
「ほんとか?」
「うん」
「何してたって?」
「遊木谷さんは聞かない方がいいですよ」
「何してたんだよ、おまえ」
「悪いことはしてないよ」
「まあ、ひとに迷惑かけなきゃ何やろうと個人の自由だけどな」
「寛容だねえ、木下君は」
「でも、遊木谷さんに心配かけてるじゃねえか。泊まり掛けで遊ぶな」
「判った」
「返事だけはいいな、てめえは」
「木下君、教育してやってよ」
「無理ですよ」
「おまえ、匙投げられてるぞ」
「いいもん」
「よくねえだろうが。行いを改めろ」
「あ、そうだ。木下君、車どこで買ったの」
「車ですか? 社長に勧められて、南地区にあるイマイ・オートってとこで買いましたけど」
「大企業の社長が行くようなとこじゃなあ」
「中古車専門店ですよ」
「なんでそんなとこ知ってたのかな」
「なんか若い頃、そこでサニトラ買ったらしくて」
「ええしの息子が、そんなもん乗ってたの」
「なにしろ変なひとでしたからねえ。旧車が揃ってるから遊木谷さん、好きなんじゃないかなあ」
「へえ、今度行ってみるよ」
「そこのおっさんもかなり変ですけどね」
「変なのは影郎で慣れてるよ」
「そりゃそうですね。今日はどんな映画を借りて行かれますか。また阿呆なホラー?」
「あれは酷かった。もうちょっとマシなのがいい」
「あれはねえ……。マニアには人気があるみたいだけど。ジャンルとしては?」
「まあ休みの日だから、そんな頭使わなくていいのが……」
「アクションとか」
「ああ、それだったら気楽に観れるかな」
「んー、『キル・ビル』なんかがいいんじゃないですかね。面白いし。ただ二作あるんですけど」
「頭使わないようなのならいいよ、それで」

 ………………。

「これだけにする? 三連休だよ」
「うーん、影郎はどこぞ行きたいとこ、ないんか」
「特に」
「外出た方がええで、そんな生っちろい顔して」
「これは生まれつきだもん」
「じゃあ、他にも借りよか」
「アクションじゃない方がいいなあ」
「小難しいのはやめてんか」
「頭いい癖に」
「良かないわ」
「リョウ君と同じ大学じゃん。彼処の偏差値、結構高いよ」
「ええ大学じゃなけりゃあ、こんな遠いとこまで来えへんわ」
「これどう? 『ゴッドファーザー』」
「ああ、有名な映画じゃな」
「パート3まであるけど」
「最初のだけでええわ」
「長いから、それでいいか」

      +

「なに持ってきちゅうん」
「大蒜の酢漬けと生姜の甘酢漬け」
「また漬けよったんか」
「いいじゃん。酒のつまみになるし」
「午から呑むのもなあ」
「休みだからいいじゃない」
「大蒜喰ったらもう外、出られんよ」
「用がないからいい」
「あっそう」
「随分あっさりしてるね」
「……このおっさん、化けもんみたいな面しちょんのう」
「マフィアのボスだからじゃない」
「こんなあれこれ頼まれて大変やな」
「ボスだから」
「この息子、似ても似つかんやんか」
「末っ子の彼女、ブスだよね」
「垂れ目やしな」
「垂れ目はいいんだけど」
「わしゃ好かんのう」
「左人志はどんなのがいいの?」
「もうちょっとしゅっとしたのがええかの」
「ふーん」
「影郎は?」
「おれはどんなんでもいい」
「無節操やな」
「そんなんじゃないよ」
「……家族関係が複雑じゃのう」
「マフィアだから」
「ひとことで済ますなや」
「だってそうだもん」
「義理の息子が真面目で頼りになるちゅうのも、皮肉な話やな」
「そういうもんじゃない?」
「組の事情で狙われたり、ひと殺さんならんのはかなんなあ」
「やだよね」
「寝床に馬の首ほりこむて、恐いことするもんじゃの」
「馬の首って男性器の象徴なんだって」
「ああ、馬並みちゅうやっちゃな」
「なに、それ」
「後で調べ。ボスが自らくだもん買うのんか」
「それくらいは。……撃たれちゃった」
「死んでまうんか?」
「それはないんじゃないかな」
「こいつ、軍人やってんのに、なんでこないなことに拘ってんねん」
「家族の問題だから」
「巻き込まれちょるだけやないか」
「しょうがないじゃん」
「確証がのうても殺してまうんやな」
「疑わしきは罰するんだね」
「ひと殺しといて、ケーキもないもんだわな」
「あんなにマシンガンで撃たなくても、とっくに死んでるよね」
「弾が余っちょるからじゃろ」
「余しとけばいいじゃん」
「おもろがっちょるんだわ」
「結局、マフィアになっちゃうんだ」
「しゃあねえわな。鉄砲玉、死んでもうたで」
「……シチリアっていいな」
「マフィアの産地やがな」
「料理が美味しいよ。保存食のレシピもイタリアのが多いし」
「へえ。……兄貴は熱かったけんど、弟はクールじゃのう」
「顔は暑苦しいけどね」
「背丈もおまえくらいしかないのと違うか」
「どうだろ、アメリカ人だし」
「アメリカ人の全員が全員、のっぽゆう訳やないじゃろ」
「まあね」

「なんか、しんみりくる終わり方やったなあ」
「そうだねえ。最初の方だと『仁義なき戦い』みたいになるかと思ったけど」
「それ観てへんけど、まあやくざの抗争はえげつないわな。近所に嫁はん撃たれたひとおったし」
「そうなの」
「流れ弾に当たってんやけどな」
「恐いねえ」
「まあ、今じゃそんなことはない思うけどな」
「日本でもマシンガン使ったりするの」
「するんちゃうか。よう知らんけど、ロシアの方から密売されとるみたいやし」
「銃刀規制法だけが取り柄なのに」
「だけってことはないじゃろ。日本くらい平和な国はあれへんて」
「そうだけど、麻薬とか普通に手に入るじゃん」
「まさか、そうゆうもんに手え出しちょらんじゃろうな」
「それはないよ。あ、でも変な煙草は勧められたことがある」
「喫わんかったじゃろうな」
「喫わないよ。煙草、駄目だもん」
「それだけが救いやな」
「だけってことないよ」
「だけやねえか」
「あ、誰か来た」

「はい」
 ——玉城です。
「はーい。今、行きます」
「こないだはありがとうね、美味しかったわ。あれ、どうやって作るの」
「あれはねえ。ズッキーニを干して、オリーブオイルと酢に漬けただけ」
「それだけ?」
「粒胡椒とローリエと塩入れたけど」
「あのまま炒めて食べたけど、凄く美味しかった」
「左人志も気に入ってたよ」
「ご両親はいつ帰ってくるの?」
「まだみたい」
「そう、淋しいわね。あ、そうだ。これ、貰いものなんだけど、ふたりで食べて」
「ありがとうございます」

「なんやった、回覧板?」
「ううん。こないだズッキーニの瓶あげたからお返しにって、これ」
「なんやの、これ」
「ランブータン」
「えらいもんくれたな」
「貰いもんだって」
「旨いんかいな」
「食べたことない」

ランブータン。Rambutan。Nephelium lappaceum。
 マレー諸島原産とされる。熱帯植物の荔枝、竜眼と同じムクロジ科の果物。円形及び長円形の果実で3~8㎝、幅2~4㎝。赤い表皮から肉質の棘が密生し、その形態からマレー語で「毛」を意味するrumbutからランブータンの名前がついた。

「えらい豪勢やな。この鯛、どないしたん」
「向かいの青野の小父さんが釣ってきたの、くれた」
「喰いもんばら撒くと、こういう恩恵に授かれるんじゃのう」
「なんか海老で鯛釣ったみたいだけどね」
「まあ、ええのん違うか。これからもいろいろくれたったらええんやし」
「これはギリシャ風の煮込み」
「空豆が入っちょる」
「うん。レーズンも入れた。ギリシャは葡萄とオリーブの産地だから」
「岡山もオリーブの産地やで」
「知ってる。伯母さんがこないだ送ってきてくれたし」
「オリーブを?」
「セットみたいなの。石鹸とかシャンプーとかオイルとか」
「農協で買うたんかな」
「なんかお洒落なのだったよ。籠に入ってたし」
「そら近所のおばんが作ったやつじゃ。そういうのん好きなのおったで」
「そうなんだ。きれいにしてあるから買ったもんだと思ってた」
「おばんはそうゆうふうに、飾りたてるのが好っきゃでの」
「おれはそういうのやんないけど、ひとにあげる時は剝き出しじゃない方がいいのかなあ」
「男やでええんちゃうか。しかし、煮魚にカリフラワーとかパプリカって、やっぱギリシャはちゃうのう」
「だって、オリーブオイルも大蒜も使ってるもん。日本の出汁醤油のとは違うよ」
「おまえ、コックにでもなったらどやねん」
「コックになるつもりはないけど、飲食関係のお店はやりたいと思ってる」
「お、やっと意慾が出てきたんか」
「意慾くらいあるよ」
「あったかあ?」
「一応」
「飲食関係ってどんなん」
「食事するとこはいろいろ許可とらなきゃならないみたいだから、呑み屋みたいなの」
「ショットバーなら酒だすだけじゃで、ええのと違うか」
「あ、いいね。それ」
「まあ、ゆっくり考えとき」

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