20歳の顔は自然の贈り物。50歳の顔はあなたの功績 シャネルの名言に思う事

歳をとると女は醜くなり、男はハンサムになる。
 
「昔はそう言ったんだよ」と御年60を超える役員が言った。
 「今だったら、ぶっ飛ばされそうだけどねえ」

 どう対処して良いか分からない時は、“そうなんですかあ”と笑顔で返しておくのが女子社員の務めだと心得ているし、なんなら、「それってなんとなく分かります。なんか、大人の余裕って感じのある男性って素敵ですものね」とお愛想のひとつも言っておく。

しかし後になって、ふと、確かにそういう面もあるかもしれないな、と思う部分もあったりはする。
それは例えば新人君たちだ。
もう自分を認めて認めて!って、承認欲求の塊みたいなコもいれば、おっとりしているというか、ぼんやりしているコもいる。が、侮れないのはこのおっとり君だったりすることが稀にある。
そう、例えば電話取り。
かつて私がいた営業部では電話を取るのは新人たちの役目だった。
四の五の言わずに、まずは電話取れ。
で、みんなこれが結構、染みついているので、営業部の連中は古参でも男女問わず電話を取るのが早い。電話取れと言いながら、新人君に取らせる機会を与えない笑。
で、そうなると、“先輩諸氏が取るんだから、もういっか”となる新人君と、何が何でも取らねばならない新人君、に分かれ、後者の方は音する前に、電話機のランプがついた途端に取っちゃったりするんだな。
実を言えば、電話の取次ぎを通して、取引先を覚えてゆくことをこちらとしては期待しているからこそ、電話取れ、ということなんだけど、ただ最初からそういう事をはっきりとは教えないんだよね。つまり、「電話を取るのが新人の役目」と伝えられて彼らはどう振舞うのか、そこを見て将来性を見極めているんだよ。こわーい。
もちろん、それは私が考えたことじゃなく、前述の部長(今では役員)の世間話の中で学んだことだったわけだけど。

そう、新人君の中には自分の取った電話をただ先輩諸氏に取り次いだだけで終わるのではなく、取次のメモ内容をしっかり頭に入れ記憶するコがいる。そしてそういうコは、自分の両隣や向かい側の先輩諸氏の電話内容もしっかり耳をそばだてて聞き、記憶してゆく。

自分が今、任されている仕事と無関係であっても、近くの座席での営業同士の会話もしっかり聞いている。
初めは何が何だか分からなくてもそうすることで、1か月2か月と経てゆく中で、自分の配属された課にはどういう案件があって、メイン担当者は誰でサブは誰が付いていて、それぞれの進捗状況がどうなっているのか、競合他社があるのかないのか、取引先によって利回りや粗利がどうなっているのか、そういうことをこちらが教える前からそこそこ掴んでいるコがいるのだ。
なるほど、部長が「営業部の席はパーティションで区切るにしても互いの顔は見えるようにしておけ」と言った意味がようやく分かったよ、と今更ながらつくづく思う。

ある時、その新人君に「悪いけど、地下の書庫に行って、2019年の伝票で○○さんのとき、どう仕訳してたか見て来てくれない?」と頼んだ事があった。

他社との協調案件だったから割合を確認したかったのと、あまりに暇だったので、彼にちょっと面倒くさいことを頼んでおけば暫くここにいなくて済むだろう、なんて優しさとやましさも実はあった笑。で、こちらの期待通り、彼は15分程度で済むところを30分近くかけて戻って来た。ま、彼も息抜きできて良かったよね、なんて思っていた私は、いわゆるとんびでござんした笑。

そう、その後、別な事で、彼に仕訳方を教えようと思った時、摘要欄に入れるべき内容から、正しい勘定科目を「この科目で良いですか?」と先に訊いてきたからだ。いや、驚いた。
「えらい! よく分かったねー!」と褒めたら、彼はテレながらもこう言ったのだ。
「この間、地下に行った時、帳簿見ていて、色んな科目があるんだなあ、って思っているうちに、へえ、仕訳には法則があるんだ、と思って、よく出てくる仕訳は覚えておこうと思ったんです」
このコ、鷹だよね。
いや、参りました笑。
私は早速、部長に言った。「彼は優秀だと思うから、〇〇さんの下に付けた方が良いと思うんですけど」
部長は笑った。「いいのいいの、でこぼこコンビでやってみな」
どういうこっちゃ。
てか、とんびの親の下で鷹は忍耐力を学び、あたしは少しでも鷹になれるようやる気出せってか!? いや、あすなろか? いつかはきっと檜になれる、って、絶対、なれないのに、もうそれ涙なくして語れないじゃん。

ところで、そんなあたし(もう“私”って気、失せた)の会社における小指の爪先ほどのアイデンティティを揺らがせてくれた新人君は、一緒に飲みに行った時、バーのカウンター席でノタマッた。
「ほんとは、航空機部に行きたかったんですよね」
行けよ。行ってくれよ。と心の中であたしは言った。
「でも第1営業部で良かったかなって。○○さんとか、かっこいいし」
分かるわー。彼、漢気だけじゃなく仕事もできるものね。男女問わず彼に憧れている人は多い。
「その〇〇さんね。ほんとは投資銀行本部に行きたいと思ってるんだよね」とあたし。
「え! そうなんですか!?」
「同期だからね。知ってるよ。っていうか、割とみな知ってる。うちは社内転職と言われるくらい、結構、手を挙げて、自分の行きたい部署言えるから。その希望が叶うかどうかは別なんだけど。ただ、そういうふうに希望を言っておくと、チャンスはもらえるよ。特に投資銀行本部はM&Aとかあるから、そういう時、デューデリ作りに部課超えてあちこちから人材募るからね。○○さんも希望して2年間、証券へ出向してたことあるし」
「へえ……。そういえば社長室の〇〇さんはバークレーに留学させてもらったって話を新人研修の時、聞きました」
「そう。うちは、そういうところなの。彼も新人の時は港区の営業所配属だったんだよ」
「それも研修の時、言ってました。だからきみたちは最初、どこに配属されても、それは意味のある事だから、腐らないようにって」
そうなのだ。
部長と飲みに行った時も、そう言っていた。
当時、うちの部は人間関係がちょっと荒れた時期があって、それは一部の事務職と1人の営業マンとの戦いになっていたのだが、それで会議会議会議となったことがあったのだ。
そもそもは1人のお局と1人の営業マンとの戦いだったのだけれど、お局の方が徒党を組み出したので、ちょっと厄介なことになってしまったのだ。仕事の割り振りをめぐる戦いだったので、部全体を巻き込んでの話し合いになってしまって、連日の会議に、疲弊した私が「もう毎日毎日、わあわあと、学生じゃないんだから、当人同士でカタをつけてもらいたい」と言った時、部長が言ったのだ。
「色んな奴がいるからいいんだ」
「……」
「一を聞いて十を知る奴らばかりでは、内々では話が早いかもしれないが、他社相手にはどうだ? わあわあ揉める中で落としどころを見つけてゆく。それが何よりの訓練になる。会社は組織で力をあげるところだからな。
世界とおんなじだ。1人の会社員を一人前に育てるにはあらゆる人間が必要なんだ」

そう。人は揺らいで揺らいで、人となる。

会社というところは、気の合った者達だけで仕事することはできないし、能力主義、成果主義の中では、昇給や賞与に差がつくところでもあるから、結構、生々しいところもある。その時、ものを言うのは「いざとなったら、何でもやる」より、自分には「決してやれないことがある」という武器だ。会社のオジサマ方がなぜ『三国志』や『武士道』を好きなのか、あの日はそれがちょっと分かった気になった日だった。

だからあたしは眼の前の新人君に言った。
「部長がね。前に言ってたよ。望まない部署でもちゃんと力を発揮できる奴なら、望んだ部署へ行けばそれ以上の力を出せるだろうって」
隣の新人君は自分の手元のグラスの中をしばしじっと見つめていた。
その少し俯き加減の、まだつるんとしたうなじが、若さとは可能性の証だ、と無言で語っているようで、あたしはちょっとだけ、しんみりしながら、心の中で、いい男になれよ、と言った。

さて。長い長い道のりを経て、ようやく最初に戻るのだけれど。
「歳をとると男はハンサムになり、女は醜くなる」
こう言われたら、反論はいくらでもできそうな気はする。歳をとって醜くなってる男もいますけどね、と。だけど、私はそういうことはちょっとどうでもいいかなって思う。醜い男の生きざまなんて、なんの足しにもならないから。
だからここは、歳を取るということが、社会に揉まれた年月こそが、男たちをハンサムにする、そういうところを指しているのだ、ととらえたい。
であるなら、いや、だからこそ、女たちの方も、かつて『人形の家』のノラが、“だからこそ、わたしも社会に出てゆくのです”といみじくも言ったように、社会の中で揉まれる道を選び取ってゆく、そうでありたい、と思う。

社会の荒波に洗われる中で、歳をとった男がハンサムになるのなら、女は芳醇なワインのように、味わい深くなるのだ。

そしてそういう女たちの横顔こそ、とても美しいに違いない。
シャネルのように、ね。

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