なんにもいらないよ、とその人は書いた

「なんにもいらないよ」その人はそう書いた。
 
呆れるほどある小説投稿サイト。
だからそこであなたを見つけたことはわたしにとっては奇跡だった。
 
その人は何度もハンドルネームを変える。
何度もいなくなる。
けれど。
しばらくすると戻って来た。
だから、わたしは待った。
また戻って来てくれるだろうと期待した。
だけど。
今度はもう戻って来ないのかもしれない。
他のサイトでもその人を探した。他のサイトでも書いている事を知っていたから。だけど、そこにももういなかった。
そのサイトでのフォロワーは独り。サイトの運営だけだった。
だから、やめてしまったのだろうか。
誰にもその声は届かないと思ったから。
だけど。
わたしには届いていた。
読むたびに、どうしようもなく魂を揺さぶられた。
読むたびに、視界が滲んだ。
初めてその人の紡ぎ出す言葉に触れた時、わたしは震えるような喜びを覚えた。
こんなにも美しい表現を編み出す人がいるのだと。
 
もし、あなたが、自分の創り出す世界が、誰にも届いていないと、そう思って筆を折ったのなら、それは違うということをわたしはあなたに伝えたい。
いや、伝えなければならない。
 
わたしがいる、と。
あなたの忠実な読者として。
あなたの言葉に支えられた者として。
あなたの描いた世界観を、信じるものとして。
 
だけど。
そのサイトにこれを書けば、その人は永遠にそのサイトには戻らないだろう。
「なんにもいらないよ。届いているのは分かっているから」
どんな思いで、あなたはこの序文をつけていたのだろう。
 
だからわたしはわたしのためだけに、ここに記しておこうと思う。
いつか、あなたの紡ぎ出す言葉が、世界を動かすときが来ると祈って。

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