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「自称サバサバ女」現象に見つけたヤマアラシの話

人間、合うも合わないも縁って話。
ウェットな人を重いと思うか、人間味があると思うかは人それぞれ。
でも自称サバサバ系に振り回されると疲れるよね。

そもそもサバサバした性格とは

☑︎ 物事に拘らない
☑︎ 起きたことに対して、いつまでも引き摺らない
☑︎ 愚痴愚痴せず、あっさりとした人
物事にこだわらずあっさりしているさま

サバサバという言葉の意味は、物事にこだわらずあっさりしているさまを表しています。

割と人間関係がドライだったり、仕事関係や私生活でも意識をスパッと割り切れる、切り替えの早い人を指している事が多いかもしれません。

切り替えが早いので、いつまでも愚痴を言ったりせず、物事に対してあっさりしている印象を与えがちです。

このサバサバ系って、なんていうか女性っぽいとされる性格の範疇に入らない扱いをされることってありませんか…?

そもそも世間でイメージされる女っぽい性格とは

☑︎ 繊細で感情的
☑︎ マイナスな物事に対して引きずりがち
☑︎ おしゃべり

こんなところでしょうか…。
勿論、ザックリしたイメージなので、全然こんなイメージなかったわ〜もあると思います。

このザックリしたイメージイメージの要素から外れている「サバサバ系」だからこそ、わざわざ「サバサバ女子」として他の性格より「〇〇女子」としてカテゴライズされるが多いのでしょうか。

性格上の性別の偏見

☑︎ 性別によって性格の方向性に無意識の偏見が含まれることがある
☑︎ 女性は繊細で感情的でおしゃべり…等
☑︎ 男性は細かいことに拘らず寡黙…等

そもそも「サバサバ系」って単なる性格の特徴に過ぎないのに、「サバサバ系男子」が来ないのは、やっぱり「サバサバしてる性格」がやや男性寄りである認識が含まれていそうです。

ここでは、少し性別から離れる為に、単に「ドライ」「ウェット」として語ろうと思います。

色んな物事に対して執念深かったり、いつまでもマイナスの物事を引きずってグチグチ言ったり、はたまたちょっと愛が重かったり、些細な言い回しでも気になったりする繊細な人を「ウェット」とします。

そして、大して物事に拘らず、些細なことは気にしない、相手の顔色も当然気にしない、というような人を「ドライ」だとします。

ウェットな性格で同族嫌悪が起こる理由

☑︎ ウェットな人が「ドライ」を証明する為に他者を貶めたりするケースがある
☑︎ ウェットな人の中では守るべき強いマイルールが存在している
☑︎ ウェットで価値観の合わない人同士が近くにいると反発しやすい

「ウェット」な人の一部には「ドライ」に対する憧れがあり、くよくよグチグチしている自分自身に嫌気がさして、「ドライ」側に行こうとしたり、「ドライ」であると自称したりするケースがあります。

しばしば、本来「ウェット」な人が「ドライ」であるように自称する場合(自称サバサバ女子現象)、自身が「ウェット」ではない事を示す為に、他の「ウェット」を血祭りにあげたりします。
また、「ウェット」自身が不快な「ウェット」ではない事を証明しようとして、同じく他の「ウェット」な人を貶めたりする事もあります。
(他者を下げて自分を上げる戦法ですね…露呈すると嫌われやすいですが…)

しかし、そもそも「ドライ」を自称したところで振る舞いからは「ウェット」であることが周囲の人にはバレバレであることが多いです。

この場合、「ウェット」の同族嫌悪状態として認識されるようになります。
(所謂、あの人も似たようなもんなのにね〜って影で言われるやつです)

そもそも「ウェット」な人は細かい事に気付く反面、物事に拘りがある事が多く、自身も気付かないマイルールを持っている人がいたりします。
(「ドライ」から見るとマジでどうでもええやん…みたいなものから、当然大切にして然るべきものまで他種多様です)

「血祭り」に上げる対象は、流石に無差別というわけではなく、この自身の奥底にあるマイルールを打ち破っている存在だったりすることが多いようです。
(ついでに愚痴も言える訳ですから一石二鳥なんでしょう)

「ウェット」がこの「マイルール」を破って相手に従うか、相手を従わせるかの攻防した(してる)結果が、こうした陰口の場に反映されるようです。
当然、噂や陰口をわざわざ伝える間者がいたりするので、この価値観の合わないウェット同士は余計に苦手意識や敵対意識が深まっていくのではないでしょうか。

ウェットなメンヘラは全肯定マンを求めて三千里

☑︎ ウェットな人は細かい事に気がつく
☑︎ メンヘラは刺さないな事でも悪意と受け取る
☑︎ 些細な事でブチ切れたり、批判を許さない強硬派ムーブ
☑︎ 安全地帯となる精神的ママorパパを求めて徘徊しがち

「ウェット」な人のマイルールは何も論理的に筋が通っているとは限らず、自身の中で整合性が取れていれば良いので、側から見ると支離滅裂な事もあります。

これがメンタルがヘラっている人だと、その繊細さと恨み節が極限に達している事もままあり、ちょっと気に障る事を発見しては自身に向けられた悪意と解釈して落ち込んだりキレたり…と結構手に余る事態になったり。

しかも当人がエゴサ大好き人間だと、ちょっと影で愚痴られただけで、即人間的に批判されたと見做して噛み付きに行ったり、炎上したりさせたり…と割と血の気の多い人となりがちです。

こうなってくると周りの人間には信者しか残らず、誰も信じられなくなった「ウェット」な「メンヘラ」は「自身のやる事なす事考えることを全肯定してくれるママorパパ」を探してこの世を徘徊し、引っかかった優しい人に凄い爪痕を残して使い捨てて行ったりします。

(大半の人は、そんな極端なウェットではないですけど)

まとめ

☑︎ ウェットが同族嫌悪している様子はまるでヤマアラシのジレンマ
☑︎ 価値観の合わないウェット同士を近づけても、お互いが傷付くだけ
☑︎ メンタルがヘラった時にエゴサしても火に油を注ぐだけ

繊細で細かいところに気が付いて似たもの同士なのに、同族嫌悪でどうも相性が良くないな〜って思ったら、諦めて離れるぐらいしか手はありません。

しかも「言われた悪口には反論しないと気が済まない」、「些細な事でも悪意と取る」、「欲しいのは改善案じゃなく、肯定と共感」な人の場合は特に。

正直、その人丸ごと全肯定なんて出来るわけがなく、良いところ悪いところ、好きなところ嫌いなところ含めて上手いことやっていくのが人間関係だと思うのですが……。

最近SNSで顕著にこのタイプを見かける事があり、「自分の愚痴は許されるけど、自分に対して批判も愚痴も許さない」姿勢はいっそ清々しいほどヤバく、完全に要注意人物そのものです。

ヤマアラシのジレンマにならないように、黙ってそっと離れるのもひとつの選択肢でしょう。
そんなところも人間っぽくて好き!であれば信者もしくは友人として末長く付き合っていくのも良いのではないでしょうか。

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