見出し画像

発達障害者の二次障害について

お疲れ様です。アヒルです。いよいよ1月4日から仕事が始まるということで、既に憂鬱になっています。緊急事態宣言も出るかもしれず、いよいよ日本全体で先行き不透明な感じになっています。この先どうなってしまうんでしょうか…とはいえ、明日以降も生きていかねばならぬのは変わりなさそうなので、全く関係ないスタートになってしまって恐縮ですが、今日は発達障害者の二次障害について書いてみようと思います。

振り返り~そもそも発達障害とは何か~

まず振り返りとして、そもそも発達障害ってなんだっけみたいなところからスタートしてみたいと思います。僕は医療の専門家ではなく、きっちり発達障害者はこれだ!と定義付けする立場にないです。ただ僕にとって発達障害とは、以下のような図で示せる感じかなと思っています。

画像1

へたくそな図ですがこんな感じです。発達障害者の症状は人によって異なり、一概にこれが症状ですとは断言できないのですが、発達障害者はある種のスペクトラムの一定の範囲を超えたところにいる人々であり、例えば、注意散漫や無気力といったところで、健常者としてみなされないようなハイレベル?の注意散漫さや無気力さを露出する人々をさすと考えています。

発達障害者と健常者の間はスペクトラムになっているので、普通の「健常者」に該当する人々でも、注意散漫だったり、応用が下手だったり、無気力だったりする人々はいると思います。ただ発達障害者はそれが一定のレベルを超えて当人に多大な苦痛をもたらしていることが特徴だと考えています。恐らく軽度な発達障害者である僕は、注意散漫と応用が利かないという点でかなり発達障害者よりだと考えています。とかく注意散漫で、頭の中は漠然と色々なことを考えていることが多いです。今もそうです。常に片手間で文章を書いていて、集中できている感じがまるでしていません。

話はそれますが、頭の中で別のことを考えながら物事をこなすという謎の技術を発達の過程で僕は身に着けたらしく、文章を書きながら全く違うことを考えることができます。じゃあこの文章を書いているのは誰なんだよと自分でも思いますが、きっと心のどこかに文章を書く小さな自分がいるのでしょうたぶん。とかく集中して全自分を文章に向けられる人がうらやましくてたまりません。

何はともあれ、発達障害者の定義はできませんでしたが、何となく、健常者と地続きではあるけれども、社会から健常と認識される範囲を超えて、注意散漫であったり、応用が苦手であったり、無気力であったりする人達ということでイメージは沸いたでしょうか。こんな感じの自身の特性と戦いながら、発達障害者は日々生きています。

発達障害者の二次障害とは何か~発達障害は障害のプラットフォーム~

ついで発達障害の二次障害について書いてみようと思います。二次障害といっても、必ずしも発達障害から派生しているか分からないのですが、発達障害者は通常の発達障害者としての特性に加えて、社会と折り合いをつけて生きていくことの難しさ、苦しみから様々な障害を抱えて苦しんでいます。結果として発達障害者は死にやすいです。直接的なデータはないですが、健常者よりも発達障害者の方が平均寿命が短く死にやすくなっています。日々の日常生活における苦痛から、心身をすり減らしていることが原因だと推測されています。

例えば、よく言われることに発達障害者は疲れやすいということが挙げられます。以前の記事でも触れましたが、発達障害者は休むのが下手です。そのくせ日常生活から気を張って行動しなければ、ともすると人から「浮いた」行動をとってしまうことになるため、常に肩ひじ張って生活しています。そのためか、常に体調不良に悩まされるうえ、周りの健常者からは、どうしてそんなに疲れているのかと不思議がられます。この理解のなさが、さらに「自分は頑張ってない、もっと頑張らなきゃ!」という思い込みを生み出し、(真面目な)発達障害者を更に追い込むことになります。

発達障害者の人生と苦痛はセットです。人にできることか自分にはできないことからくる劣等感、そこからくるいじめ、自尊心の消失等、想像を絶する苦痛の中で彼らは生きています。そのため発達障害をほかの障害のプラットフォームとして、彼らはうつ病や過食、対人恐怖症等様々な心の病を背負うことになります。これらの二次障害と相まって、発達障害者のスティグマはますます悪化しています。

自分のケースで言えば、僕は発達障害に起因して、軽い対人恐怖症を患っており、それが日常生活に影を落としています。元々は発達障害だけだったと思うのですが、発達障害を理由に一時いじめられていた時期があったため、それが原因で発達障害から対人恐怖症の二次障害へ…というルートをたどってしまいました。ほかにも発達障害からうつ病といった別の病を発症するケースも多いはずです。この表面上の二次障害だけみて発達障害者はこうなんだと誤解するケースが多く、結果として発達障害者は基地外などといわれ、何かあると発達障害発達障害と、あらゆる障害の元凶のような扱いを受けています。発達障害者は障害を抱えているだけで、基地外でも何でもないです。おまけに、彼らが基地外という症状は往々にして二次障害から来ています。発達障害者は不定形で様々な形がありうるところですが、何でもかんでも発達障害にしたがる「馬鹿」にはちょっとだけ腹が立ちます。二次障害を生むのは、往々にしてそういう理解力と優しさのない馬鹿の心無い侮蔑の言葉です。

二次障害に陥らないためにも、焦らず色々なライフハックを身に着けよう

発達障害者が二次障害に陥ると、なかなか抜け出すのが難しく、自分も苦戦しています。ですが、発達障害自体については、かなり改善の兆しが見えています。それは自分がこれまで積み重ねてきた経験によるものでもありますし、あるいは借金玉さんのような方が書いた著作から得たライフハックによるものでもあります。

発達障害者の当事者として言いたいのは、まずは焦らないことです。発達障害者は、発達できない病気ではなく、発達が遅い病気です。亀のように少しずつですが成長して、普通の人にできることがいずれはできるようになります。あまり周囲の人と比べて劣等感を感じるよりも、失敗もしょうがないことと割り切れながら、なるべく生きやすい環境を探すことに注力するといいと思います。ただし、周囲の人々には期待しすぎないことです。発達障害者は症状が多種多様なため、社会的な配慮を行うことが難しい傾向があります。社会が変わるのを待つのは得策ではないです。自分で少しずつでもいいのでライフハックを身に着けて、成長していきましょう。幸い、昨今発達障害者の問題が認知されてきたせいか、そういった人々向けのライフハック本が充実しています。そういうものを読んで、自分に合ったものを探すといいと思います。

発達障害者の優れていると思うところに、パターン化があります。一概には言えませんが、発達障害者は一度頭の中でパターンとしたものについては、てきぱきと健常者も驚くようなスピードで対処することができます。このパターン化が一つの社会適応のカギだと自分は思っています。難しいことはパターン化して覚えてしまいましょう。

終わりに~心療内科のススメ~

心療内科のススメと言いましたが、正しくは薬のススメです。もし発達障害やその二次障害で苦しんでいるのであれば、できれば薬を利用するのが一番良いと思います。薬は人生の問題を解決はしてくれませんが、集中力がない(コンサータ)、夜眠れず疲れが取れない(睡眠薬)といった個々の症状をそれぞれ緩和してくれます。自分はコンサータを飲んだことがないので下手におすすめはできませんが、その効果についてはかなりよいと聞いたことがあるので、集中力不足で悩まれるのであれば、是非処方を受けるといいと思います。

今年が発達障害に苦しむ皆様にとってよい年になることを祈っています。アヒルでした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?