エーテルの水面 第二話

東京の市街地に現れたフォーリナーは三体。それも常に人で賑わう通りに。通常フォーリナーは一体で現れることが多く、その一体でさえ尋常ではない被害をもたらし得る。人の多い場所に過剰な戦力。条件は最悪。恐らくフォーリナーの出現時に大勢の一般人が巻き込まれ死亡しているだろう。フォーリナーの出現は落雷に似ている。上空から光が降ってくる。そしてその落下地点周辺には衝撃波が襲いかかる。衝撃波そのものによって被害を受けなくても、ガラス張りの建造物の多いここ東京では割れたガラスによって命を落とす者も少なくない。そして何より周辺に居合わせた人間はフォーリナーの攻撃対象となり、殺戮される。
状況は一刻を争う。しかしフォーリナーと戦うのは自衛隊だけではない。正確に言えば、主にフォーリナーを相手取るのは自衛隊ではない。それは特務機関から送り出される「エリクシル変身者」である。エリクシル変身者とはエーテル石の力によって能力を発揮する変身状態になれる者であり、この機関に所属しない者も含むが、狭義ではこの機関の者を示す。エーテル石の力は特定の適性を持った者にしか発揮出来ない。そのため、自衛隊のような戦力ではなく、研究機関を兼ねた特務機関にエリクシル変身者は所属することになる。指揮系統も異なるが基本的に自衛隊との連携をとることになっている。
端末から入る情報に周辺の住民の避難状況が映る。フォーリナーの襲撃を経て、住民の避難スピードは格段に上がった。また、通常の自衛隊員による避難誘導も迅速になり、被害の拡大を防いでいる。
そしてもうひとつの情報に目を通す。今回連携することになった変身者とその合流ポイント。
「今回連携する変身者は星川スバル!現在到着の遅れが予想されるため、我々は合流ポイントで待機だ!すぐに戦闘に加われないのは歯痒いが、合流まで耐えてくれ!」
車内の隊員に肉声で伝える。
「「了解!」」
隊員達も端末で確認しているが、それを声に出したやり取りによって確認するのは習わしであり、士気の維持にも関わる。
既にフォーリナー出現の警報から15分以上が経過しているが、フォーリナー達は周辺に留まり破壊活動に勤しんでいるようだ。たった今入った情報によれば、エリクシル変身者四名とその連携部隊が交戦状態に入っているという。この短時間で出現地点にたどり着くことが出来たのも、都市再建後の主要な人工密集地への急行を想定した訓練と再建計画そのものの成果である。

戦場では凄惨な光景が広がっていた。フォーリナーの落下により建物の通りに面した部分は大きく抉れ、その周辺には巻き込まれた市民の死体だったものと瓦礫が散乱している。落下後、フォーリナーの一人が更に被害をもたらすため衝撃波を放ったのだ。フォーリナー三人はいずれも人の形をしているが、一人として人間のような肌を持たない。流線形の甲殻のような肌を持ち、目は無い。一人は橙色の甲殻の表面を波打つように輝かせている。また一人は黒色の甲殻に入ったヒビのような模様が青く煌めき、ユニコーンのような一角が伸びている。最後の一人は白く、全身に棘が生え大きな二本角が後ろへと反り返るように生えている。相対するは四人の変身者と更に周りを取り囲む特務自衛隊員。
不意に橙色のフォーリナーが強い光を放つと、周囲には橙色に光る筋の入った灰色の人型の存在が複数現れる。
「人形使いだ!」
隊員の一人が叫び情報の伝達を促す。この人形を放っておけば被害は拡大するだろう。幸い、この人形は自衛隊員でも倒すことは出来る。しかし数は増えない分、人形使いを倒す必要がある。
他の二人は既に交戦記録から性質は割れている。青黒は電撃を纏った剣による斬り合いを、白角は自身を中心とした衝撃波の発生とスパイクによる遠距離、近距離攻撃を得意とする。
一触即発の空気を切り裂いたのは青黒の剣士と刀使いのエリクシル変身者。お互いの刃を打ち合わせる音が鳴り響く。それに続いて巨大な砲を持った変身者が人形使いに駆け込みながら射撃。慌てる素振りもなく人形使いは砲弾を避けながら両手から串を放つ。強固な砲身でこれを防ぎ、砲撃を返す。一方で白角のフォーリナーは槍兵と二挺拳銃のガンマンを相手に遠近一体の攻防を行っていた。既に自衛隊員は人形へ銃撃を繰り出し、状況は混沌へと滑り出していった。

合流ポイントの霧島部隊は焦燥感に身を焦がしながら変身者の星川スバルを待っていた。既に交戦開始から15分が経過しようとしていた。離れた場所からの轟音が大気を切り裂き、割り、歪める。フォーリナーとの戦闘においての15分ともなればこの間に多数の負傷者が出ているはずだ。本隊との合流を促すべく通信することが脳裏をよぎった。その時、車外で周辺を警戒していた隊員の声が耳に届いた。
「やっと来たか!」
遅れて合流ポイントに到達したのは全力疾走のために顔面蒼白になり汗だくになった少年だった。髪は薄い金髪でその姿は制服に包まれていた。学生である。校章を見るに郊外付近の高等学校からやって来たのだろう。このような一般人としか言い様の無い姿の少年にまで頼らねばならないのが日本の防衛事情である。逆に言えば、それほどまでにエリクシル変身者の力は強力であり重要なのである。
「お前が星川スバルだな!」
霧島は苛立ちと関係なく大きな声で駆けてくる少年に呼び掛けた。
「申し訳ありませんっ!交通手段が車しか無くてっ…避難してる人に遮られて徒歩で…」
「理由はいいから装甲車に乗れ。交戦ポイントまで連れていく」
息も絶え絶えのスバルに向かい霧島は命令を下す。戦場の周辺の住民は命知らずの野次馬以外避難しているが、まだフォーリナー出現から30分ほどしか経っていない。更に離れた場所となると流石に完全には避難が完了していない。恐らく避難シェルター付近に続々と人が集まっていると言ったところだろう。今避難所まで敵を逃がせば、被害は甚大では済まない。車内に乗り込んだ霧島は汗を誰にも気付かれぬよう拭った。自分の不安を隊員に、そして勝利の鍵である少年に移さないために。この戦い、怯えた者が一人でもいれば敗北になりかねない。
「それが変身装置ってやつか?」
車内で緊張により落ち着かないスバルの気を紛らわすために、隊員が話を振った。スバルはハッとしたような顔に一瞬なり、懸命に応えを探す。
「えっ、あっ!はい!そうですここのカバーをスライドさせてこのレバーを反対に倒すと変身出来るんです!」
左腕に装着した箱のような装置を見せながら使い方を説明する。霧島は今までの戦闘で何度か変身を見ている故におおよその使い方は知っているおり、興味の有り無しが分からないような顔をしている。反対に他の隊員達は興味深げにその説明を聞いている。
「こんなもんで変身出来ちまうとはなぁ~」
「この箱が人類の希望ってやつか?パンドラの箱みたいだな」
「バカ言え、適性が無きゃそいつは使えねぇよ」
口々に感想を言い合い、車内の固まった空気をほぐす。少しだけ余裕が生まれる。
「皆がお前を頼ってるし、期待してる。その代わり、皆がお前を応援してる。頑張れよ」
何も考えないまま、霧島の口からはそんな言葉が零れていた。スバルは顔を少し赤らめながら勇気付けられた。
「はい!精一杯頑張ります!」
周りの隊員もエールを贈る。
「そうだ、頑張れ!いざってときは俺達が援護してやる」
「君は一人じゃない。皆で戦うんだ」
車内に満ちるのはただの高揚ではなく、希望だったかもしれない。

その通信が希望を揺らがした。

『こちら本隊!霧島三尉応答せよ!』
右耳に当てていた通信機から呼び出しがかかる。分隊長専用のチャンネルからだ。
「こちら霧島」
『現在ブロックD-2にフォーリナー一体の出現を確認。至急当該ブロックに急行し、これを排除せよ』
新たな敵の出現。既に現れた三体に戦力を大きく割いている。
「了解、これから向かう。こちらに割ける戦力は?」
変身者と分隊一つでフォーリナー一体を排除出来るかはかなり怪しい。ましてや変身者である少年にはまだ幼さが覗く。他者の実力を疑うつもりはないがもしもの場合に備えなければならない。
『現在割ける戦力はない。A-3ブロックの戦闘が終結次第回す予定だ。また、避難誘導の人員は避難完了とともにそちらの応援に回る。なんとか持ち堪えてくれ。健闘を祈る』
状況は最悪から更に悪い方向に転がることもあるようだ。霧島は毒づきたい気持ちを抑え部下に指示する。
「目標を変更する。場所はD-2ブロック。フォーリナー一体を排除する」
車内に動揺が広がる。
「更に一体だって?!どうやったらそんなにバンバカ降ってくるんだよ!」
「応援の見込みはあるのか?」
「敵の特徴は?情報はないんですか!?」
「D-2ブロック…まだ避難が完了していないんじゃなかったか…」
「しかも避難所に近い…今までの攻撃は陽動か?」
打ち砕かれた希望はあまりにも早く不安と焦燥に色を変え、絶望を描き始める。
「狼狽えるなお前ら!今ここで動揺しても事態は変わらない!ただ任務遂行だけを考えろ!その為に何をするかを考えろ!」
霧島の喝が車内に響き渡る。分隊十五人とエリクシル変身者一人を加えた静寂が横たわる。
「岡田、D-2ブロックに避難所側から回り込め。敵をシェルターに近付かせるな」
「了解」
運転席に座る隊員に指示を出す。硬直した空気をどうやって戻すか。今の士気は最低だ。
「僕も!…僕も精一杯戦います……だから…僕のことを助けて下さい!」
小さな勇気が産声を上げた。重くのし掛かる空気を振り払い星川スバルは戦う決意を改めた。彼には戦う必要がある。生きるために。守るために。エリクシル変身者は適性がある者全てがなる訳ではない。その能力を持ち、機関の下につき、戦う。その選択は自らの意思で行った。地位や名誉が欲しくないとは言わない。多くの人に認められたい。だがそれ以上に誰かが傷付くのを防ぎたい、傷付く誰かを助けたいという思いがあった。その覚悟が問われるなら、自分は「ある」と答えよう。力の限り。命の限り。それが星川スバルの勇気だった。
「そうだな…俺達にはお前がついてる!」
「勝てる見込みは十二分だ!」
「よっしゃあ!フォーリナーをブッ飛ばして隊長みたいに昇進してやんぜ!」
分隊の士気は先ほど以上に燃え上がるようにして高くなっていく。霧島は笑いを漏らしながら答える。
「ふっ、お前が昇進するなら、俺はお前の倍昇進してやろうじゃねぇか!」
「はぁいいいぃ?ズルいっすよ一人だけ倍とかぁ!昇進すんのは皆一緒ですよ!」
軽口を叩き合いながらその心どうしは強く結ばれていく。共に戦う者は一つの命の如く纏まらなければならない。人はそれを運命共同体と呼ぶ。
彼らは進む。その先に何が待つかも分からずに…

D-2ブロックから避難所よりの地点、そこに霧島部隊を乗せた大型の装甲車は停まった。道を阻むように通りにたいして横になっている。隊員達は装備を持ち迅速に展開する。固定式のシールドをを設置し、その裏から射撃を行う準備を整える。展開を終え、今一度敵の姿を見据える。目の前に広がるのは地獄だった。建物は不可思議な力によって抉れ、かきむしられたように傷がつき、中には横凪ぎの力によって潰れたものもある。ここは敵の出現時、避難が完了しておらず随分と人が残っていたのだろう。瓦礫の下から今も呻き声が聞こえ、大きな瓦礫は人を押し潰し、それを人だったモノに変えてしまっている。そして何より凄惨なのは路上に転がる死体。ここからでは遠くはっきりとは見えないがそれが幸いだったかもしれない。霧島真也を除いては。彼の目にはその光景がはっきりと映り込んでいる。いたずらに引き裂かれた死体。逃げ惑いながら背後から切り裂かれた死体。建物を破壊したのと同じものと見られる不可思議な力により身体の一部を消し飛ばされた死体。見えるだけで数十人近くの人間が殺されていた。戯れに。その証拠として敵は、非道の侵略者は瀕死の人間の足を踏みつけすり潰し、笑っている。笑って見えたのは肩が小刻みに揺れたからだろうか。いや、そうではない。ただその悦ぶ様が直接そのことを理解させたのだ。
「発砲は許可があるまでするな。スバルが敵と打ち合い、出来た隙を援護射撃で追撃する。くれぐれも誤射はするなよ」
作戦指示を言い渡しながら、スバルの方を見やる。彼はこの惨状に耐えられるか。彼は耐えていた。いや、それを通り越し怒りを覚えていた。こんな外道に人の命に触れさせてはならないという思考が脳の細胞から血液の一滴にまで染み込む。
「アレは僕が倒します。例えこの命に替えても」
低い唸り声のように言葉が口から溢れる。その言葉に危うさを感じつつも霧島は頷くことしか出来ない。命懸けでなければ、奴は倒せない。
そのフォーリナーは霧島達に気付き向き直った。そして緩慢な足取りで向かってきた。
「おやおや、もう来たのか。それとも私が遊び過ぎたのか?」
フォーリナーは地球の言語しかも日本語で話始めた。訳の分からない状況に全員の顔が険しさを増す。顔らしき顔を持たない当の本人を除いて。
その異形は黄色がかった緑色の体色だった間接部と手足の裏、背中が黒ずんだ黄色で流線形の甲殻。肩と膝は尖り、頭は正面に突き出した一角と左右斜め後ろに伸び上向きに湾曲した角が一つのマスクのように繋がっている。目はなく耳もないそれどころか触覚や嗅覚などの五感があることすら確認出来ない。しかし奴は喋った。明確に。奴は確実に敵対者である霧島達に通じる言語を選んでいる。理由は分からないが、彼らフォーリナーは言葉を交わすことが出来るにも関わらず異常な力をもってして侵略することをよしとしたのである。
「奴が何を喋っても耳を貸すな。ペースに乗せられるぞ」
霧島は重く言い放つ。近付く異形の姿は隊員達の目に死神の影を落とす。
「この私相手にたったこれだけの戦力とは、舐められたものだねぇ?どうだい貴様ら!私を殺す自信はあるか!」
明らかにこちらを揺さぶり士気を下げる言動。しかしその口調には相手を言葉で威圧すること自体への愉悦が滲んでいた。
「射撃開始」
「「了解」」
全隊員による射撃が敵を襲うが、それを飛び退きながら避けられる。
『先程端末に指示した通り、八人は防衛線を維持。残りの六人と俺は奴を取り囲む』
通信による指示の伝達が飛ぶ。隊員は射程から脱した敵を狙いつつ発泡をやめた。うち六人は左右の路地裏へ侵入し、敵の側面に回り込みにかかる。
星川スバルは左腕に右手を伸ばし駆け出す。
「変身!」
その身体は瞬間的に光に包まれ姿を変える。現れるのは特殊な装甲で守られたスーツを纏ったスバル。スーツは緑がかった青を基調とし、白い装甲を際立たせる。彼は二振りの剣を構えながら敵へと突進する。追い付いた身体からは二つの閃きが放たれ相手の左肩から斜めに斬り下ろす。フォーリナーは右腕から短い刃を伸ばし、裏拳を放つように右回転しながら剣を弾く。次いで回転を止めた右足を踏み締めスバルの空いた腹部へと刃を抉り込むように突き出す。スバルはこれを脇にかわし、飛び退き今度はスピンしながら下段へ回転斬りを見舞う。これを上空へ飛び上がり身体を体操選手のように捻り、スピンを終えたスバルの背後に着地する。先程以上に大きな隙に飛び込む。しかし既に周りを取り囲んだ隊員による射撃がそれを許さない。
「おやおや、未熟者のフォローかい?随分と面倒見が良いんだねぇ」
しゃがむことで銃弾を避け、後ろへと地面を這うように低空のバク転を繰り出す。
スバルは左の剣を下から斬り上げるように繰り出し、勢いよく右の剣を相手の腹に突き刺す。フォーリナーは左剣を受け流してすぐにこの刺突を見切り、左肘で右剣を打ち落とす。左右の攻撃を別々に対処されバランスを崩すスバル。弾かれた両手のが身体の外に向かって開かれ、胴ががら空きになる。思った以上に簡単に出来た隙に、敵は躊躇なく追撃を繰り出す━ことは出来なかった。
「オラァッ!」
背後からシャウトと共に蹴りが見舞われる。
「ヌゥオッ!?」
間の抜けた声を上げながら右脇腹を蹴り飛ばされる。霧島が放った蹴りは相手を十分によろめかせる。フラついた身体を側転で立て直しながら敵は毒づく。
「力も無いくせによくでしゃばってくるじゃないかぁ!」
「その下らない喋りをやめろ!このクソッたれめが!」
着地点に着いた敵を手に持った小銃で撃ちながら罵倒仕返す。避けきれず食らう敵だが、有効打とはいかない。周りからも霧島とスバルを避けて銃弾が降り注ぐ。
「案外邪魔な雑魚だなぁ!エ゛エッ!」
緑色の異形は左手から電撃を放つ。否、それは電撃などではなくより破壊力のある光線のようなものだ。霧島は咄嗟に飛び上がり回避する。霧島から外れた電撃は直線上の建物に傷を這わせるようにして破壊痕を残しながら消える。攻撃の間も銃弾を浴び続けたフォーリナーは周囲に目を巡らす。人間なら顔を歪めたであろう残忍さが彼の思考をよぎる。
「周りが邪魔ならそちらから片付けるのも手だなぁ?」
スバルの方を見ながら挑発的にそして不安を煽るようにねっとりとした口調で言ってみせる。そして彼から顔を離した瞬間、驚くべき速さで取り囲んでいた隊員の一人に向かって行く。隊員は気付いた時には腹部を貫かれ持ち上げられていた。目は痛みと苦しみで見開かれ、口は恐怖を吐き出そうとしながらガチガチと歯を鳴らせていた。
「アッガァッ!オゴォ…アアアァァ…アグッ!」
血を垂らしながら絶叫すら体内で凍りつく。呻き声だけが隊員の訴えとなる。
「やめろォ!この外道がァ!!」
スバルは剣の柄同士を合わせながら走る。繋がった柄は伸び剣の幅が広がり、両刃剣へと変形する。
スバルの接近を感じ取ったフォーリナーは右腕の刃を勢いよく振るい、隊員の胸骨を砕きながら喉元まで切り裂き死体を地面に放る。向き直りながら刃を構え直し、スバルへと水平に跳躍する。衝突した二人はお互いの得物を合わせ押し合う。

しかし、霧島の目には本気で力を込めているのはスバルだけであることが分かってしまう。相手は激情に駆られたスバルの力が及ばない程の存在。部下の命を失った悲しみより先に冷静な分析が思考を満たす。周りでは死んだ隊員に向かって他の隊員が叫んでいる。それが遠くに感じる。ここは時間稼ぎをして応援を待つしかない。分かっている、それが出来ないことは。冷静さはどこかへと飛び去り、別の何かに席を譲った。

妙に冷静な思考を経て霧島の感覚は現実と再び交わる。隊員達に目標だけを見ろと通信を入れ、戦いの様子を伺う。スバルの攻撃は激しさを増し、敵は回避する一方である。両刃剣が描く軌跡が次第に青い光を放ち、触れるもの全てを切り刻まんとする。
右手持ちからの突き。続いて繰り出される連続三回転斬り。更に避けた先に剣を振り下ろし、縦回転での四連斬り!これら全てをフォーリナーは踊るようにして避ける。避ける。避ける!
何故当たらない!怒りに混じった焦燥感がスバルの剣撃をより激しく危険なものへと高めていく。
二回転からの逆回転、連続する突きは一瞬のうちに五回を数える。全てが敵を追っている。全てが敵を狙っている。なのに何故そのどれもが敵を捉えられない!
焦る。焦る。焦る。焦る。心臓が焼き付くように熱い。脳が焦げ付くように痛む。全身が軋むように動く。何かが爆ぜる。

渾身の一撃を全身でもって打ち込む!全身が両刃剣と一体になったような勢いで敵に向かう!身体は青い光を纏い、まさに必殺の一撃となる!
その突きがたった一撃、蹴り上げによって大きく反らされ、両刃剣は宙を舞う。スバルの身体はまるで無垢な赤子のような無防備さで敵の前に曝け出される。緑の甲殻から伸びた刃がその赤子を無慈悲に、いや、嬉々として貫く。武器の落下する音が遠くに聞こえる。
「アァッ!ぃやめろぉ…お…おおあああぁ…アアァアアアアァーッ!痛っづぅ…ううぅ…」
先程まで高まっていた殺気の全てが反転し、痛みと苦しみを訴える。
「アァーッハッハッハッハァ!バカめ!この未熟者めェ!そうやって力を振るえばこの私に届くと思ったかァ?!ア゛アッ!?結果はこうだァ!所詮は洗練されていない攻撃!制御されていない力!ただただ流れ出すだけで全く意味がない!」
残忍さの塊となった異形の愉悦は最高潮を迎え、その言葉は怒涛のように火山の噴火のように激しく、悪意すら超越した害意を撒き散らした。
「やめろ!クソ野郎!」
「バカ!撃ったら当たるだろうが!」
隊員達の悲痛な叫びが聞こえる。
「おぉ~っとぉ!お仲間さんが君を助けたがってるぞぉ!ほら!少しは頑張ってみたらどうなんだい!なんだなんだ、もうお仕舞いかい?エエッ?ア゛アッ!?もっと粘ってみせろよ、おい!この軟弱め!だから貴様の命は、いや、地球人の命は無価値なんだ!」
突き刺した刃をグリグリといたぶるようにねじ込み引き抜き、またねじ込む。嗜虐心と優越感が彼の心を満たしていく。ああ!このために生きているんだ!と。
スバルの目は見開かれたまま光を失う。
「ああぁ…これで終わりか。後は雑魚しかいないし、やってられないよなぁ!」
退屈を拗らせたように拗ねてみせる。
「『避難所』ってのはそっちだったっけなぁ?おぉい!そうなんだろぉ?」
防衛線の隊員達に向かって言葉を投げ掛け威圧しながら闊歩する。動かなくなったスバルを置いて。
『総員!一斉射撃開始!』
霧島の声が隊員達の通信機からなり響く。その一秒もしないうちにフォーリナーのいた場所は銃弾と爆炎によって埋め尽くされる。
「ぁぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「ここで死ね!消えろ!いなくなれ!」
「殺せ殺せ殺せ!」
怒りに全てを飲まれた隊員の怒号が辺りに響き渡る。霧島も同じように激情に溺れるような感覚を味わう。
フォーリナーへ向けて手榴弾とロケットが撃ち出される。爆風が辺りの瓦礫すら巻き上げる。

ほとんどの弾を撃ち尽くし、爆炎が収まりかけていた。目標がどこかへと逃げた姿も痕跡も確認されていない。つまり奴はこの火器の嵐の中で息絶えているはずだ。そうあって欲しい。そうでなければならない。そうでなければ納得出来ない!
「ハハッ!ハハハッハァ!良い!実に良い!君たちのような雑魚でもここまで見苦しく激しく苛烈に感情を露にしてくれるとは!私はその様が大好きだ!」
アスファルトは敵を中心に大きく抉れクレーターを作っていた。その中から現れるのは先程の愉快さを取り戻し上機嫌なフォーリナー。高らかな笑いは健在の証。復讐者へと身を傾けた隊員達の顔が、心が、魂までもが歪む。
「そして…そんな君たちを蹂躙するのがァ!もっともっと好きだァ!!」
フォーリナーの全身が緑に帯電したかと思うと、その電撃は周囲に向かって放出される。放たれた力は全てを破壊する暴威として周辺の建物も道路も引き裂くようにのたうち回る。崩れる建物が瓦礫の雪崩となり戦場に降り注ぐ。超自然の雷が隊員に直撃し肉体を破壊ではなく、崩壊させる。
地獄が再び現れた。

戦場は静まり返っていた。辺りにあるのは瓦礫と死体、そして死体ですらなくなったもの。その中で霧島は横たわっていた。幸いにして軽症。そうではない。彼はフォーリナーの電撃を回避しながら降ってくる瓦礫を避けたのである。しかし最後に放たれた衝撃波に飲まれ、瓦礫に打ち付けられる形で倒れた。
『誰か、意識のある者はいるか…いたら返事をしてくれ…』
意識を取り戻してすぐに分隊の通信で部下に呼び掛ける。しかし返ってくるのは煩わしいノイズばかり。彼は敵の攻撃に気付きながら部下への注意を促せなかったことをひたすらに悔いていた。それだけ冷静さを欠いていた。心折れずとも現実に対処する力を失っていたのだ。
「避難所、避難所。避難所はどっちだったっけなぁ~?」
興奮の余韻を残しつつ、次の作戦上の目標へと足を進める化け物がいた。この惨状を見ればこいつを避難所に向かわせてはいけないことは明白である。避難所でこの力を使えば生存者は一人として残らない。だがこれを止められる者は?分隊は壊滅し、エリクシル変身者も倒れた今、増援だけでも奴は止められない。
自分の無力さを噛み締める。かつて戦ったフォーリナーでもここまで圧倒的な力の差を見せつけられることは無かった。それでも、と立ち上がる。諦めていい理由にはならない。誰かが戦わなければ誰かが死ぬ。今戦うのは自分だ。
「ほう…この嵐の中を運一つで切り抜けるやつがいるとはなぁ…」
立ち上がる霧島に気付き、悪意ある災害が向き直る。
「やるか?この私と?この状況で?」
霧島は立ち上がりながら身体の異常がないか確認する。衝撃による痛みこそあるが動かすには十分だ。
「命乞いをするなら見逃してやっても良いんだぞぉ?きっと君は生き残れるさ!どうだい!やるのか殺られるのかッ!!」
まだ続く遊戯に心打たれたかのように喜ぶ敵。その全てが神経を逆撫でする。
「ふざけ…」
「お前の相手はこの僕だ!」
突如として湧いてきた声の主に向き直ることすらなく、フォーリナーは拘束される。再び立ち上がった星川スバルは両刃剣の柄を敵の首に回し、限界まで締め上げていた。その顔に浮かぶのは決死の覚悟。
「貴様…まだ生きて…ッ!潔く死ねば良いものをッ!」
「ここから先に通す訳にはいかないんだよ!お前は僕とこのまま死ぬんだ!」
スバルの身体は青い光の渦が巻いていた。その渦はますます大きく激しくなり、上空へと伸びる光の柱を形成する。必死の形相を作りながらより力を高めていく。霧島はその光の柱からの圧に押される。彼はその美しい光をただ見つめることしか出来ない。
「貴様!貴様!貴様ァ!!」
「うおおぉぉぉおおおおッ!!」
雄叫びを上げるスバルはふと目を敵ではなく霧島に向ける。霧島と目が合う。彼は何かを託すように微笑みかけた。
光は渦巻き続け、ついにその力を、命を解き放った!辺りに散乱する瓦礫すら巻き上げて衝撃が持続的に放たれる。霧島も耐えきれず吹き飛ばされる。世界が光に飲まれる…

先程の嵐をも凌ぐ衝撃は辺り一面のものを吹き飛ばしその中心の僅かな空間はそれ以上の猛威で満たされ何も残っていない…
「あぁあぁぁ…ハハァ…はぁ…はァ!」
敵はまだ生きていた。
「これだから地球人はぁ…その力に振り回されるだけなんだぁ…挙げ句の果てには暴走による自爆だと!なんと愚かなんだ!しかも無駄死にだと!笑わせてくれる…!」
ゆっくりと動き出す影。その影が向かう先には、変身が解け一切の生命活動が停止した星川スバルがいた。その顔から表情は既に失われており、星川スバルという存在が消えたことを世界に示していた。
スバルの傍らに立つフォーリナーは彼を、彼だったものを見下ろす。
「その力はなぁ…脆弱で下等な地球人には分不相応な代物なんだよ…貴様ら下等生物は力を制御出来ず、ただ身を滅ぼすのみ。だったらァ!早急に滅び、我々にこの星を明け渡すのが筋だろうが!!」
侵略者はスバルの身体を足で踏みつける。抵抗の無い身体からミシミシと骨の軋む音がする。
「そして貴様ァ!!私はな、貴様のように勇気だとか使命感だとか、そういった下らないモノで着飾り歯向かってくる輩が大嫌いなんだよ!」
フォーリナーはスバルの死体を蹴り飛ばす。その身体は宙を舞い、落下し、転がる。
「クソがァ!アアァッ!!ふざけるなァ!この私に…この私に向かって…なんという屈辱を!殺してやる…殺してやる…殺す!奴の守りたかったもの全て!」
殺意をその身に滾らせ、化け物はゆっくりと歩き出す。
「オオオオアアァア!」
声にならない叫び声を上げ、霧島は敵に殴りかかる。敵は背中に拳を受け、危うく倒れそうになるが踏みとどまり、振り払うように後ろへ腕を振るう。胸に重い一撃を受けながら吹き飛ぶ霧島。転がったすぐそこに死体がある。
「邪魔だ雑魚め!私には貴様のようなクズを相手にしている暇はない!そこで同じクズと死ねばいい!」

霧島の思考はひどく鈍り、暗闇でうずくまっているような気分を覚えた。どうしたら良いだろう。何をすれば良いだろう。同じような疑問が鈍化した時間と交わり渦を巻く。それでも身体は意識が遠のくのを必死にこらえている。
何のために?
戦うため
何故戦う?
人を守るため
何故人を守る?
………人を守るのに理由がいるのか?なくてはならないか?失うのをよしとするか?それを認められるか?認められない。認められる訳がない!
俺は戦う!そう決めた!そこを譲るつもりはない!
ならばどうやって戦う?今の俺に何がある?
そんなもの知ったこっちゃない!いいから目を覚ませ!

霧島の思考は時間を巻き戻すような勢いで再燃していく。彼の感情を表す言葉はいくつでもあるだろう。
━━憤怒、悲哀、正義感、使命感、憎悪、復讐━━
他にも想像だにしない感情もあったかもしれない。
これら全てが激情へと姿を変える。
激情は身体を動かす薪。

敵を殺す力を。今のままでは捻り潰されるだけ。奴に対抗する力を━━━

意識の覚醒と身体の覚醒が重なった時、開いた目には死体が映っていた。その死体には奇妙な箱のようなものが付いていた。
星川スバルの死体。
その左腕のエリクシル変身装置。
最後に残った希望があるなら、それこそが希望だった。

空からやって来た侵略者は不自然な遅さで歩いていた。戦闘の最中に黒ずんだ緑の甲殻が再び黄色がかった緑へと鮮やかさを取り戻しつつある。
「待てよ…」
背後からの声を無視する。
「待ちやがれ!」
背後にいるであろう地球人の姿を浮かべながら振り返り言い放つ。
「貴様に私は止められない!邪魔をするな!」
振り返った先にいるのは霧島真也。しかしその左腕には変身装置が装着されている。
「止められない?それなら試してみるか?」
不敵な笑みを浮かべる霧島。その姿にフォーリナーは不快感を爆発させる。
「貴様も!貴様もか!その力を使って私の前に立ちはだかろうと言うのか!つくづく愚かな下等生物だ!」
しかし彼はある考えに至り急に愉悦を取り戻す。
「だが我々は知っているぞ!その力を使えるのが貴様らの中では一部だけだということを!そして貴様にはその素質がない!素質があれば最初からそれを付けていたはずだからなァ!一体全体どうやって私に歯向かうと!」
霧島の顔から笑みは消え、鋭く表情は研ぎ澄まされていく。
「黙れ、低俗な侵略者め!お前が何を言おうが関係無い。ただ俺はお前を殺し!人を守るだけだ!」
敵に対する激情と人を守るという意志が織り重なり一つの心を形作る。何者にも左右されず人を守るために作り上げられる強固な心。
この心が折れるならその時俺は死ぬのだろう。
そんな予感すらした。
そして意を決して装着を起動させる!
「変身!」

第二話 完

ここまで完全に勢いで書いてるからすごく読みにくい
(今後も読みにくいままだとおもうけど)