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10月4日夜、国立競技場で感動した話

 試合終盤の90分、甲府の右サイドからのスローイン。クリスティアーノがボールを受けて強引にクロスを上げる。中央で待ち構えるのは背番号10の長谷川、DFの上からボールを叩きつける。ボールはゴール左側へ。外れたか、いや、入った!確かにボールはネットの中にある。会場がどよめく。甲府、待望のACL初ゴールにして試合を決定づける先制点。長谷川が、甲府の選手スタッフがゴール裏に駆け寄ってくる。確かな先制点をつかみ取った。そして95分、スローインの流れを甲府がクリアするとレフェリーが両手を上げて笛を吹く。試合終了。アジアの舞台で、J2のヴァンフォーレ甲府がつかみ取った歴史的勝利。こんなに価値ある勝利もなかなかないだろう。全員で掴んだ価値ある一勝だった。

ヴァンフォーレ甲府と私

 この話を書く前に、ヴァンフォーレ甲府というチームについて書きたい。私は2006年からサンフレッチェサポーターで、大学入学を機に上京したタイミングで町田も応援するようになったのだが、甲府は常に対戦相手のクラブだった。特に私がサッカーを見始めた頃は甲府がJ1に昇格したての頃、広島はJ1下位にいた頃で、甲府というと残留争いのライバルチームだった。特に当時は相性があまり良くなく甲府戦は苦戦することも多くて、当時の単純な思考回路の小学生だった私からすると嫌いなチームの1つだった。
 その後、広島はJ2を経てJ1の上位争いを繰り広げることになるが、甲府はJ1に定着するも残留争いを続け、2017年に奇しくも広島と残留争いを繰り広げてJ2に落ちてしまう。以来、J1への昇格はできていない。
 小学生時代は"嫌いなチーム"だったのだが、いつからか、そんな感情は消えて、むしろ好きなチームの1つになっていた。理由は色々あるのだが、まずは選手が輝いていること。新人選手も移籍してきた選手も見事にはまっていて、プレーしている選手がみんな輝いているし、(広島には甲府から何人も選手が移籍してきたが)甲府から移籍していった選手も多くが移籍先で輝いている。そして、広島サポ的には盛田剛平がベテランになってからキャリアハイの成績を残した。そして戦術。J1にいた頃は守備が固くて、1点を取って勝ち切るようなスタイルの年が多かったと思う。そういう明確なスタイルがあるのも良かった。加えて、(まだ小瀬に実際に行ったことはなく映像だけだが)ホーム小瀬のサポーターの熱さも良い。甲府サポは荒れたという話も聞かない気がするし、きっと良い人が多いんだろうと勝手に思っていて、選手もスタッフもサポーターもたぶん魅力的なんだろうと勝手に思っていた。そんな"好き"なヴァンフォーレを相手に迎えるのは、(広島サポの立場としても町田サポの立場としても)個人的には結構楽しみで、甲府戦は思わずチケットを買いたくなる。

歴史として知っていること

 このヴァンフォーレ甲府対ブリーラムユナイテッドの試合を語るうえで、甲府の歴史について触れないわけにはいかないだろう。もしかすると今はwebサイトに取って代わってしまって本としては刊行されていないのかもしれないのだが、私がサッカーを見始めた頃は『Jリーグ イヤーブック』という記録集が毎年刊行されていて、Jリーグの色々なマニアックなデータが掲載されていた。その中でもリーグ別の最多・最小入場者数試合のランキングでは、2010年ごろまでJ2の最小入場者数試合のランキングの殆どが甲府のホーム戦だった。特に1999年9月10日の甲府対FC東京(@韮崎中央)で記録された観客数619人は、その後10年間破られることのなかったJリーグ公式戦の最小入場者試合だった。
 観客数のデータがまさに物語っているが、市民クラブから1999年にJリーグへの参入を果たしたヴァンフォーレは直後から経営は危機的状態、チーム存続の窮地に立たされたらしい。私はこのあたりのことは歴史としてしか知らないのだが、リーグ戦19連敗(26戦勝ち無し)やスポンサー不足と、いつ歴史が途絶えてしまっていてもおかしくないような危機を脱して、2003年には初の年間勝ち越し、2005年の入れ替え戦に勝ってJ1の舞台に上がってきた。2006年以降の話は私も対戦相手としてなんとなく知ってはいるのだが、守備的で粘り強い戦いで2013年から2017年までJ1で戦い続けたのは印象深い。
 他チームのサポーターが乱雑に書き散らしてしまって恐縮だが、とにかく、市民クラブが危機的状況を抜け、一つ一つ歴史を積み重ねてきて、2022年秋、甲府は大一番を迎えることになる。対戦相手は奇しくも私が応援するチーム、サンフレッチェ広島だった。

去年の天皇杯決勝にて

 2022年10月16日、天皇杯決勝、サンフレッチェ広島対ヴァンフォーレ甲府戦、私は当時仕事の関係で沖縄に住んでいて、さすがに現地観戦はできなかったのだが、テレビで中継を見ていた。私は2007年の元日に旧国立競技場のゴール裏で鹿島相手に優勝を逃した身、広島にとっての天皇杯決勝の意味はそれなりにわかっているつもりではある。
 甲府は当時J2下位とはいえ、決勝まで上がってきたチームなだけある。強い。先制点を奪われ、随分苦戦した。同点に追いついたものの、90分では決着がつかず、延長戦に突入してしまった。
 延長後半7分、甲府の選手交代。誰もが知る甲府のレジェンド、山本英臣が出てくる。在籍20年目の42歳のレジェンド、山本がこの舞台に立つというだけでも充分なドラマなのだが、それだけでは終わらないのが天皇杯決勝。
 延長後半11分、広島の満田の縦パスが山本の腕に当たる。判定はPK。
「いや、それは違うよ・・・。それは違うって・・・。」
思わずテレビの前で私がつぶやいたのがこの言葉。もちろん、このPKが決まって広島が優勝することが私が望んでいる結果なのは間違いないが、甲府のレジェンドが"戦犯"になってしまうのはやり切れない。決まってほしい、でもこれで試合が決まってくれるな。15年以上サッカーを見ていてもっとも複雑な心境で迎えたPKは相手GKの河田に止められた。
 そのまま延長が終わり、PK戦へ。5人目のキッカーとして登場した山本が決め、甲府が優勝を決めた。チームのレジェンドが、最後に一つ大きなドラマを作って、そして自分の足で決めたチーム初タイトル。私は広島サポだから、もちろん滅茶苦茶に悔しいのだが、先述のような歴史を持つ市民クラブが初めてタイトルを手にする姿を観て、こんな感動的なストーリーがあるのかとテレビを見ながら涙したのだった。(当時、中継の映像に映った甲府サポーターのおじいちゃんが大旗を持って泣く姿が話題になったのも記憶に新しい。それも含めて感動的だった。)

10月4日、国立競技場にて

 10月4日、仕事を早々に切り上げた私は国立競技場に向かった。2週間前にメルボルンで行われた甲府にとってのACL初戦はスコアレスドロー。その次のホームの試合は国立競技場で行われると知り、ぜひとも甲府の歴史的なACL初ゴールと初勝利を観たいとチケットを買った。
 忘れもしない2010年2月24日、広島ビッグアーチで行われたサンフレッチェ広島対山東魯能の試合、サンフレッチェにとっての初めてのACLに気持ちが昂ったのを覚えているが、今回も気持ちは近いものがある。絶対勝つぞ、勝ってくれ、半ば祈りに近い気持ちで小雨の降る国立競技場に辿り着いた。
 適当にスタジアムグルメを堪能して、友人と合流し、カテゴリー4の所定の席に座る。場内を歩き回ると、もちろん甲府サポの数もすごいのだが、Jリーグの色々なチームのグッズを身に着けた人がいて驚いた。甲府が" #甲府にチカラを "の合言葉で来場を呼び掛けていたのは知っていたが、まさかこんなにいろんなチームのサポーターが集っているとは。
 ウォーミングアップが始まると、甲府のサポーターの熱さに驚かされる。国立のサイドスタンド全体から響き渡るチャントは何よりもカッコよかった。
 ちょうど19時を回るころ、選手が入場してくる。国立の1層スタンドを埋め尽くす1万人以上の観客、そして大声援、甲府がこのACLの試合まで歩んできた歴史を考えると(私は別にその歴史に一切関与していないのだが)、この甲府のホームゲームが始まろうとしていること自体がドラマのように思えてきて、私は必死に涙をこらえていた。記憶が朧気だが、広島が初めてACLに出たときも結構嬉しかったはずで、(当時11歳だったが)もっと大人だったら同じように泣きそうだったのだろうと思う。
 そのまま、絶対勝ってくれと半ば祈るような気持ちで試合を観戦して、チャンスがありながらも1点が遠い、このまま0-0かなと思っていたら冒頭の劇的な決勝ゴールが決まった。これまで惜しいシーンが続いていたからか、クリスティアーノのクロスからあっさり先制点が決まったのは半ば信じられなくて、2秒くらい何が起きたのかわからなかった。そして、95分、レフェリーが両手を上げた瞬間、心の底からほっとして、何よりもこの一勝がとても嬉しかった。
 試合後、別の席で見ていた広島サポの友人(天皇杯決勝で広島が甲府に負ける瞬間を現地で目の当たりにしている)に会い、「泣きそう」と言うと、笑いながら「ふざけんなよ」と言われたが、広島の試合でも町田の試合でもない試合でここまで感動するとは思っていなかった。

後日談

 国立競技場で劇的な試合を目の当たりにした数日後、10月8日、私は町田のホーム、野津田公園にいた。私は2017年くらいから町田の試合によく行っていて、この日は町田対甲府の試合だった。つい先日、心の底から勝利を願ったばかりのチームを対戦相手として迎えるのは皮肉な話だが、これもサッカー観戦趣味の宿命の1つではある。試合は3-3、町田的にはとても悔しい引き分け。これまで甲府戦は広島サポとして4回、町田サポとして2回現地で観ているが、1勝4分1敗。中継で見た試合も含めて、甲府戦では悔しい思いをすることが極めて多い。ちなみに、広島にも町田にも関係ない甲府の試合は(ACL含め)3試合ほど現地観戦していて、それは甲府が3戦全勝。これが4戦全勝、5戦全勝になることを祈ってグループステージの残り2試合は観に行きたいと思っている。


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