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杏・京・キヨエ(3)-2~名前から中井英夫へとつながる暗合――佐原ひかり『ペーパー・リリイ』

『ペーパー・リリイ』ヒロインの「杏」という名前には、金沢から中井英夫まで続く意外なつながりがある。

私は金沢出身なので、「あんず」といえば→「室生犀星」、と刷り込まれている。
金沢市内にある犀星の文学碑にはあんずの詩が刻まれており、小説『杏っ子』は未読だが、父と娘・杏子をめぐる物語のようだ。
犀星が暮らした当時の金沢には、あんずの木が多く植えられていたらしい。
室生犀星は母への思慕を生涯抱き続け、結婚後は中井英夫の生家のある田端に住んでいた。

同じく金沢出身の泉鏡花も、幼い頃に亡くした母の姿を重ねて、釈迦の生母である摩耶夫人像を信仰した。中井の尊敬措くあたわざる作家の一人である。

泉鏡花が大切にしていた摩耶夫人像

そして、第2回泉鏡花文学賞を受賞した中井英夫本人もまた、「優しい母と美しい姉」を恋い慕っていた。

石川近代文学館に展示されている
第2回泉鏡花文学賞受賞作『悪夢の骨牌』

ここでもやはり、母は不在だ。

中井が自作の登場人物名に好んで使う漢字がいくつかあるのだが、その中には、「杏」と「京」も含まれる。例えば、

『幻想博物館』の一遍「蘇るオルフェウス」藤井杏介
「他人の夢」藤井杏子
「人魚姫」太刀川杏子
「金と泥の日々」星行杏之介(=友人の吉行淳之介のこと)
「金と泥の日々」&「緑青期」青井京吉
「盲目の薔薇」青沼京子

と、ざっと調べただけでも7つ見つかった。
短編を丹念に拾えば、たぶんまだあるだろう。
なお、「蘇るオルフェウス」は、先に書かれてお蔵入りになっていた「他人の夢」を一部翻案する形で書かれており、「金と泥の日々」と「緑青期」も同じ日記が基になっているので、人名がほぼ同じなのだと思われる。

『ペーパー・リリイ』のヒロインは野中杏、母とは死別。叔父は京介。
これが偶然なら、暗合という他ない。

さらに9/17には、佐原ひかり初のリアルトークイベント&サイン会が開催される。
長編3作目の刊行記念なのだが、奇しくもこの日は中井英夫&竹本健治のW誕生日であり、しかも今年は、中井英夫生誕100年記念イヤーにあたるのだ。

そこでその長編のタイトルが
『人間みたいに生きている』
となると、これも偶然か、中井作品のキーワードのひとつである「人外」つながりのように思える。

「人外(にんがい)。それは私である。」(中井英夫『人外境通信』より)

『人間みたいに生きている』は、雑誌発表された時から気になっていたので、これから読むのが楽しみだ。
(後日追記 : 読了。これは「人間」の話で、「人外」つながりではなかった。)

また、8/5付けで、竹本健治主催の「変格ミステリ作家クラブ」に加入されたそうだ。
竹本健治は、かつて名編集者でもあった中井英夫の推薦でデビューした作家である。
この2人の誕生日が同じというのも、偶然だ。

Twitterでのやりとりで、佐原ひかりが中井英夫愛読者だということは確認しているが、だからといって、私のこの指摘が実はネーミングの裏設定だった、などとは思っていない。
ただの偶然、読者によるこじつけ、とも言える。

だが、いったん著者の手を離れた作品には、本人も意図していなかった暗合(暗号、ではなく)が潜んでいることがある。
「暗に」「合う」から、暗合という。

「たまたま」キッチンにあった、
消費期限9/17のミックスナッツ

偶然は、どこにでも転がっている。
好きな作家たちが、ちょっとした要素でつながっているのが嬉しい。
それが自分にとっての「ほんもの」だから、そう思いたいだけなのだ。

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