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勝手に元気になってくれるのであれば幸いです。

元気とか勇気ってさー、人から貰ったりあげたりできるものなの?

最近ハマって聴いているポッドキャスト『聴くドキュメント72時間』の中で山田吾郎さんが発していた。一瞬戸惑ったものの、冷静に考えてみると確かに誰かにあげたりもらったりした覚えって無いかもなと思う。

例えば、落ち込んだ時に推しの映像を見たら元気が出てきたとか、おばあちゃんが久々に孫にあったら元気になったとか、友達と話したら鬱々した気持ちが晴れたとか、そうゆう感覚は理解できるけれど、それは誰かが自分の元気を人にあげている訳ではなくて、そもそも自分の中にある元気が何かのきっかけで勝手に肥大する感じという方が正しい気がする。

元気をもらったあの食事。

このテーマを見てピンとくるものが何もなかった私だが、今確実に食事によって元気になった感覚がある。あーこれかこの事かーとひとり感動している。

わたしの住む田舎町には、そこらじゅうにJAが経営するファーマーズマーケットがある。新鮮で美味しい野菜がスーパーで買うよりもかなり安く買えるので、ついついかごいっぱいに野菜を買ってしまう。そのファーマーズマーケットに数週間前から立派な筍がゴロゴロ売られていた。入口には『たけのこあります』と手書きのポップが貼り出されマーケットの1番目立つ場所にイチゴと並んで陳列されているのである。

下処理も何もされていない、土のついた立派な筍。その横にはご自由にどうぞの『ヌカ』が必ず置いてある。わたしの頭の中は煮物、筍ごはん、お吸い物、天ぷら…と、春の筍祭り状態であるが、この状態で売っている筍をあの美味しい姿に変えるまでのタスクを考えると途方に暮れる。しかもあの『ヌカ』とゆうのがまた何となくハードルを上げるのだ。これが『たけのこパウダー』とか『たけの粉』みたいなふざけた名前だったらまだ希望が持てるのだが、ヌカというのはどうも玄人感がある。

わたしはワゴンの上にごろごろと転がる仔猫ほどの大きさの筍をじっと眺め、静かにその場を去る。という事を何度も繰り返していた。

しかし、筍を食べたい気持ちは日に日に強くなる。

見ないようにしていてもインスタを開けばこれ見よがしに『炙った筍と生ビール』とか『バター醤油炒め』とか画面いっぱいに筍レシピが披露され、何となくつけたテレビの料理コーナーにも旬のお料理として筍が登場する。ついには磯野家が筍堀りに出かけサザエとフネが腕によりをかけて筍料理を作りまくるストーリーが放送され、わたしは静かに舌打ちをした。

そんな、欲求不満なわたしに一通のLINEが届く。

『筍ご飯の素作ったけどいる?』

あぁ、やはり母親とは偉大である。離れて暮らす(といっても車で30分)娘のこころの叫びが伝わっていたのだろうか。誰に頼まれるわけでもなく自発的に筍を調理していた母。すぐ来るなら冷凍しないという事で『明日伺います』と返信し昼時を狙って実家に帰ることにした。

帰るや否や、ホワイトヘアに憧れているがどうやってもあんなに綺麗な白にはならないとか、お向かいさんの娘が離婚したっぽいとか、賞味期限が切れた雑穀米を庭に捨てたら毎日小鳥が遊びに来るようになったとか…マシンガントークを炸裂させながらテキパキと炊き立てのご飯と筍ご飯の素を混ぜ、春キャベツと豆腐の味噌汁と、ほうれん草のおひたしと、新じゃがの煮物を配膳してくれた。

徹子の部屋を見ながら2人で食卓を囲む。細かく刻んだにんじん、椎茸、鳥肉、そして筍。濃いめの味がしっかりと染み込んだ具材を熱々の白ごはんに混ぜると、そこには私が夢にまで見た筍ご飯が。ひとくち食べると何だか泣けてくるほど美味い。筍ごはんってこんなにおいしかっただろうか。

筍とヌカを買ってきて茹で、剥いて、細かく刻み込み、にんじんも椎茸も鶏肉もご飯に馴染むサイズに刻む。それらを煮詰めて白ごはんに混ぜる。手間がかかっている。私が食べたかったのはこれだったんだと確信するとともに、日頃自分で作っている時短レシピばかりの食事とは格段に違う美味しさに感動していた。

帰り際に、ジップロックに入った大量の筍ご飯の素を渡された。ごはん2合分あるから混ぜて冷凍しなさいと。わたしは小躍りしながらお礼を言って車に乗り込むと『ありがとねー』と言って母が手を振っている。

ありがとねーと言われる事を私はしていない。

筍ご飯につられて帰省し一緒に食事をしてお土産まで持たされて帰る。胃も心もふくふくで幸せいっぱいなのは私の方だ。

何かと忙しく、妊活も上手くいかず、孫を見せてやれない後ろめたさから何となく実家から離れていたけれど、たまにはこうして料理上手な母のもてなしに甘え切るのも良いのかもしれない。

何もしていないのに勝手に母が受け取ってくれた『何か』と私が筍ごはんから頂いた『何か』はきっと同じようなものなんだろう。

母にはまだまだ元気でいてもらいたいので、わたしはまだ筍料理の作り方は学ばない。来年も再来年も作ってもらうことにしよう。

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