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なぜ教育は間違った方に進んでしまうのか

なぜ間違った教育をしてしまうのか。

なぜ間違ったマネジメントをしてしまうのか。

これはマネジメントは言い訳をしやすいということに原因があると思う。

マネジメントというのは2度と同じ状況を再現できない。

社長や監督だけを変え、他の外部的な要因を統一してどうなるのかという実験が行えないのだ。

だからこそ、どんなに間違った教育やマネジメントで失敗しようと、「あの時の状況では誰がやってもうまくいかなかった」といういいわけができてしまうのだ。

だめな監督ほど、他の組織と自分の組織を全く別物だとして捉える。

「あのメンバーではあれが通用するが、私たちの低いレベルではあのやり方は通用しない」などと言い出す。

人間のレベルの差なんて大した差がないのに、まるで他の動物と比較してるかのように。

しかし、そんなことをやっていては全く組織は成長しない。

常に成功している人たちの真似をしていかなければいけない。

こんな当たり前のことなのにほとんどの人は間違えた選択をする。

日本一になりたいのなら日本一になった人から学んでマネするべきなのに、なぜか同じ学校の師匠といわれるなんも実績もないおっさんの言うことに従う。

チャットGPTはほとんどの人間の知能を上回ってるのにも関わらず、「AIは間違えるから」と失敗したところだけを汲み取って否定し、チャットGPTの半分の知能もないおっさんの間違いだらけの指導を信じる。

そしてそれを共有してくるのだ。

まるで世の中の全てを知ってるかのような言い方で。

最近読んだ「バカと無知」と言う本の中で、「バカはバカだと言うことに気づいてない」と言う話があったがまさにそうだと実感する。

ユニクロ社長の柳井さんも言われていたが「無知の知」自分が無知であることをまず知ること。

これが人間を成長させる。

だから私は今日も自分が無知であることを自覚し、勉強する。

あんな老害にならないために。

私はこんなレベルの低い指導者にいつも頭を抱える。

だからこんな指導者を見返すために自分がトップになって結果で示してやりたいと思っている。

でもこいつらはどうせ「あの時とは環境やメンバーが違う」とか「選手を集めたらそりゃ強くなる」とか自分を肯定するための言い訳をいってごまかす未来は見えている。

だったらこいつらを見返すために頑張るのは時間の無駄にも思える。

だからこそ、死ぬほど楽しんで死ぬほど最高な景色を最高なメンバーと見て笑っていられる人生を歩みたい。

バカを納得させる無駄な人生を歩むのではなく、死ぬほど楽しむ上でありえないほどの結果をだして納得させるのではなく嫉妬させるのだ。

バカはどうせバカだと言うことに気づかず理解してくれないからこれくらいがちょうどいい。

そんでこいつらが妬みを言い出したとき鼻で笑ってやる。

俺の人生にバカの相手をしてる暇はない。

楽しむと勝つは両立できる。

おれはそれを証明する人生を歩む。

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