奏で

第一回目の歌物語はスキマスイッチさんの『奏で』です。→ https://youtu.be/03-N0JiuR6k
歌を物語にした、それが歌物語。まんまです。

♪♪♪♪♪

3月は別れの季節。僕にとって初めての別れ。それが今日だった。

3月の末日。僕は重い足でいつもの待ち合わせ場所に向かう。彼女に会うときに足が重くなることはなかった。今日はつくづく初めてが多い。

駅前の小さな噴水。それが彼女との待ち合わせ場所。
「おはよう」
今日も彼女の笑顔が眩しい。いつもならあの顔を見ると笑顔になれるのに今日はどうしても笑顔を浮かべられない。
「もう、最後まで私を待たせるとは。罰としてお昼奢ってね」
僕は頷き、彼女の隣を歩く。

今日は彼女が上京する日。だから今日は最後のデート。もちろん別れるわけではない。ただ会う機会が極端に少なくなる。ただ、それだけ。ただそれだけなのに、なんだろうこの気持ち。

彼女と服を見たり、本を見たり、一見充実しているように見えるが、今までで一番楽しくなかった。
彼女もそれを気づいていたようで、お洒落な洋食の店でお昼ご飯を食べていたとき
「今日、元気ないね。体調悪いの?」
「それはない。でも……」
「分かった。親に怒られたんでしょ」
確かに僕は親によく怒られる。だが今日は怒られていない。
「そうじゃない。そうじゃないけど……」
僕がうじうじしていると彼女は時計を確認した。
「あ、もうこんな時間。駅に行かなくちゃ」
会計を済ませ、まっすぐ駅を目指す。

改札の前まで来た。これで彼女とはお別れだ。なのに何も言葉が出てこない。
不意に君は僕の手を握ってきた。
「私と離れ離れになるのは嫌?」
駅の中はいつものざわめきだったけど、その瞬間だけ周りの音が消え、君の声だけが僕の耳に通り抜けた。
はっとなって君の顔を見た。君の横顔は何かに打ち込むときのような真剣な顔つきだった。
「今日会ったときから分かってた。ずっと反対してたもんね」
君は僕のことをよく見ている。たぶん俺よりも分かっている。だから僕がこんな気分なのは君と離れ離れになるからなのだろう。
「ごめん……」
「分かってる」
君は僕の目の前に立って、満面の笑みを浮かべた。その瞬間、今までにない新しい風が吹いた。
「笑って」
明るく見送るはずだったのに上手く笑えずに君を見ていた。

これから君は僕とは遠いところで大人になっていくのだろう。そんな季節が楽しいものであるように、悲しい歌で溢れないように、最後行ってしまう前に何か君に伝えたくて、必死で『さよなら』に変わる言葉を僕は探していた。

君はおっちょこちょいで、危なっかしく、その手を引く役目が僕の使命だなんて、前までは思っていた。
だけど、今わかったんだ。僕らならもう、重ねた日々が導いてくれる。

君とは1年以上一緒にいた。楽しいことも辛いこともあった。あの時もこの時も終わってみれば良い経験だった。
君が大人になっていくその時間は僕とともに降り積もる間に僕も君とともに変わっていく。
例えばそこに別れの歌、だけどそこには幸せに溢れている歌があれば二人はいつもどんな時も繋がっていける。そう信じて君に勧めた歌。君は気に入って、いつも聞いていた。

突然、不意に鳴り響くベルの音。その音は電車がもう少しで出るときになるもの。
言いたいことはいっぱいあるのに、と焦る僕。君の手はするすると解ける手。鞄を持ち直し一歩また一歩離れていく君。僕は夢中で君を呼び止めて抱きしめたんだ。さよならに変わる言葉。ようやく思いついた。
「君がどこに行ったって僕の声で守るよ」
彼女を離すと彼女ははにかみながらありがとう、と呟いた。その後天使の微笑みを浮かべて、
「じゃあね」
そう言って君は改札に消えた。

君との出会いは高校の時。クラスは違っていて関わりはなかったけど、二学期のある日、音楽室でピアノを弾いていたら扉が開いてたらしく音が外に漏れ、それをたまたま聞こえていた君が音楽室に入ってきたのだ。
「綺麗な音ですね」
声をかけられて初めて君がいることに気づいた。
「あ、ありがとうございます」
何気ない出会い。でも、君が僕の前に現れた日から何もかもが違く見えたんだ。
次の日からの朝も光も涙も歌う声も君が輝きをくれたんだ。

4月になり、新しい生活が始まった。しかし、抑えきれない思いはまだまだ残っていて、この声に乗せて遠くにいる君の街に届けよう。
例えばそこに僕も君も好きなこんな歌があれば、僕らはどこにいたとしても繋がっていける。

#歌物語

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