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巡禮セレクション 13

2014年03月26日

生と死の女神1 うずめ

アメノウズメ。一説に別名「宮比神」、「大宮能売命 」。
芸能の女神であり、日本最古の踊り子と言える。

『古事記』では天宇受賣命、
『日本書紀』では天鈿女命と表記する。
神名の「ウズメ」の解釈には諸説あり、
「強女(オズメ)」の意とする『古語拾遺』説や、
「髻華(ウズ)」を結った女性(巫女の装束)の意とする『稜威道別』(イツノチワキ)説、
折口信夫が『若水の話』で出した、「マナを指すヲチの音便で、魂をヲチふらせる意」説などがある。

谷川健一は、笑いと狂気という、「人間の原始的情念」の一環が噴出したものとしてあげた(『狂笑の論理』)、天の岩戸の前における彼女の行為は、神への祭礼、特に古代のシャーマン(巫)が行ったとされる神託の祭事にその原形を見ることができる。いわばアメノウズメの逸話は古代の巫女たちが神と共に「笑ひゑらぐ」姿を今に伝えるものである。

ウズメは、神々を笑わし光りを取り戻す女神です。
ここに喜という感情を呼ぶ神でもあると言えます。

反面、
『延喜式』には、宮廷で行われた古代の鎮魂祭において、巫女たちが「槽ふし」激しい踊りを大王家の祖神へ奉納する儀礼に猿女も参加したことが記されている。

脇田晴子氏は、「芸能の始元の神楽として認識された天の岩戸の神楽は、葬送の場での死霊の鎮魂儀礼であった。それは中世女性芸能に伝統として色濃くまつわりついている。死生や鎮魂をつかさどる巫女からの伝統を、中世の傀儡女も、白拍子女も、曲舞も受け継いでいたのである。 」と著書の中で述べています。

ウズメの舞は、死者への鎮魂の儀式であり、これは悲哀の感情に結びつきます。

悲喜という相反する感情を支える女神がウズメであると考えられます。

天の岩戸伝説は、その悲と喜を表す死と再生の儀式であり、その儀式に太陽が結びついたのが、アマテラスの岩戸神話なんだと思います。

死して穴倉へ入り、そして再び出現するのは、
イエスもしかりであり、秘教で普遍的に見られる儀式なのです。
それを司る女神がウズメなんだと思います。

イニシエート(秘儀参入者)は、この通過儀礼を疑似体験として暗い部屋や地下室に閉じこもり、しばらく後に部屋から再生として現れます。

我々は、人生の中で、母の胎内からこの世に生れ落ちます。


ところで、ウズメの名ですが、
鈿女命、鈿の女と書きます。

鈿は、音読みで、
呉音 : デン
漢音 : テン

訓読みで、「かんざし」と読みます。

ウズメな、かんざしの女なわけです。

「日本におけるかんざしの始まりは、縄文時代ごろまで遡ることができる。その頃の古代日本では、一本の細い棒に呪力が宿ると信じられており、それを髪に挿すことで魔を払うことができると考えていたようである。またさらにそれを束ねた櫛の原型ともいえる出土品もある。」

かんざしとは、髪に挿す一本の棒です。
そして、縄文時代からこの思想は存在しています。

かんざしは、一般的に簪と書きます。

「漢語「簪」は中国で使用された髪留めを指す。簪という漢字の中にある牙に似たような字は、正しくは旡(サン)という字で、これは髪の毛の中にもぐりこむかんざしの形を描いた象形文字である。竹製の簪が多かったので、のち竹かんむりを加え、下に「曰」(人間の言動を表す記号)をそえて、簪(サン・かんざし)と書くようになったという。

男女ともに髪を伸ばす習慣のあった中国では、男性が地位・職種を表す冠を髪に留める為の重要な実用品でもあった。貴族は象牙、庶民は木製のものを使う。女性が用いた髪飾りは「簪」ではなく、「釵」(髪に挿す部分が二股に分かれた髪飾)「鈿」(金属を平たく延ばして切り出した細工物、前額などに挿した)と言った。また、「釵」の字も割に頻繁に女子の「かんざし」に当てられていたようだが、天保年間ごろには「釵」は殆んど駆逐されたものと思われる。

一方、和語「かんざし」はそもそも「髪挿し」に由来するとされ、上古の人々が神を招く際に頭に飾る草花が起源であったという。ただし、花を飾ったことから花を挿す=花挿し(かざし)が変化したものという説もある。」

簪は、漢音でサンと読みます。
サンは、「産」と同じ音です。
鈿女→簪女→産女 
と変化する可能性を感じさせてくれます。
産女は、ウブメと読み、姑獲鳥(こかくちょう)と同一視されています。

姑獲鳥は、
「「夜行遊女」「天帝少女」「乳母鳥」「鬼鳥」ともいう。鬼神の一種であって、よく人間の生命を奪うとある。夜間に飛行して幼児を害する怪鳥で、鳴く声は幼児のよう。中国の荊州に多く棲息し、毛を着ると鳥に変身し、毛を脱ぐと女性の姿になるという。

唐代の古書『西陽雑俎』では、姑獲鳥は出産で死んだ妊婦が化けたものとの説が述べられており、『本草綱目』においてもこの説が支持されている。

日本でも茨城県で似た伝承があり、夜に子供の着物を干すと、「ウバメトリ」という妖怪が自分の子供の着物だと思って、その着物に目印として自分の乳を搾り、その乳には毒があるといわれる[5]。これは中国の姑獲鳥が由来とされ、かつて知識人によって中国の姑獲鳥の情報が茨城に持ち込まれたものと見られている。

江戸時代初頭の日本では、日本の伝承上の妖怪「産女」が中国の妖怪である姑獲鳥と同一視され、「姑獲鳥」と書いて「うぶめ」と読むようになったが、これは産婦にまつわる伝承において、産女が姑獲鳥と混同され、同一視されたためと見られている。」


どうしても、ウブメはお産に関係ある女性との関わりが深く、ウズメと重なります。
ウスメとウブメの読みが似ていると僕も○○○さんも感じていましたが、ウズメを妖怪化したのがウブメと考えても不思議ではないですね。

このSNSには女性メンバーが多いので、性的な表現は注意が必要ですが、古代において性は聖なるものでした。
時として、この性を説明しないと理解できないことがあります。
ゆえに、聖なる意識を持って書かせてもらいますと、

ウズメは女陰をあらわにする女神です。
古代では、女陰は魔除けだと考えられていました。

ところで、髪ではないですが、毛に刺さる棒とは、これではないかと思います。

生と死の女神1


女陰に刺さる男根です。
これは、リンガヨニです。

生と死の女神1-2


そして、サルタヒコとウズメなのだと思います。
両者は、道祖神として祀られていましたからね。

また、ウズメの女陰は、太陽をシンボル化したものではないか・・・と思います。
こんな感じです。

生と死の女神1-3


太陽とその輝き、またはコロナは、
女陰とその回りの陰毛です。

きわどい話は、これくらいにしておきますが、
ウズメは、それゆえ太陽の巫女だったのだと思います。
だから、日神サルタヒコの妻となれたわけで、もしかするとサルタヒコとサルメ(=ウズメ)は、表裏一体の同神なのかもしれませんね。

すべての生命を育む太陽は、それゆえ最強のパワーを持ち、魔も依りつかないのだと思います。

男神が多い太陽神の中で、天照大御神が女神なのも、持統天皇の影響だけでなく、そんな太陽神の質を日本人は見抜いていたのかもしれません。


天の岩戸の奥は、洞窟、穴蔵です。
これは、産道から子宮であり生命が宿る暗闇の室です。
岩戸開きは、誕生或いは再生そのものです。
女性の体は、あの世とこの世を結ぶ境界そのものなのだと思います。

だから、
「アメノウズメは大小の魚を集めて天孫(ニニギ)に仕えるかどうか尋ねた。みな「仕える」と答えた中でナマコだけが何も答えなかったので、アメノウズメはその口を小刀で裂いてしまった。それでナマコの口は裂けているのである。」

とあるのも、これはウズメゆえに口を開けたことを意味するのだと思います。


アメノウズメとは、芸能の神や巫女の元祖という意味だけでなく、その本質は、生と死の女神なのだと思います。

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