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巡禮セレクション 50

2016年02月01日

ヤマトの皇祖神、タカミムスビノカミ


現代、皇祖神であり日本の最高神といえば天照大御神だと誰もが答えることだと思います。
そして、かの神を祀る総社といえば、伊勢神宮をあげるでしょう。
すなわち、日本で最高の神社といえば伊勢神宮になると思います。

しかし、皇祖神でありながら伊勢神宮をお参りした天皇は明治天皇が初めてなのです。

ここから言えるのは、明治政府が江戸幕府の将軍から権力を奪い天皇中心の国家へと変貌する手段として、伊勢神宮を利用した事が考えられます。
そして、この国家をまとめるために神道の神を利用する手段はこの日本の国においても何度か行われたようです。


天照大神が、最高神として祀られるようになったのは、天武天皇の時代だと考えられています。
瀬織津姫が隠された時代とリンクします。

それまではタカミムスビという神が最高神だったようです。
溝口睦子著「アマテラスの誕生」を参考にこのタカミムスビという神を少し記録しておきたいと思います。


天武天皇が天照大神信仰を持ち出した目的は、日本国の立て直しでした。
先の天智天皇時代に白村江で大敗をきし、日本は国家存亡の危機に立たされます。
そこで、天武天皇は最新の大陸の制度を国家に取り入れ立て直しをはかりました。
天皇の称号もこの時から使用したそうです。

これ以前の国家最高神は、タカミムスビノカミだったようです。
この神は、造化三神の一柱であり、宮中の八神殿にも祀られている重要な神です。

ウィキによると
「『古事記』では高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、『日本書紀』では高皇産霊尊と書かれる。また葦原中津国平定・天孫降臨の際には高木神(たかぎのかみ)という名で登場する。

別名の通り、本来は高木が神格化されたものを指したと考えられている。「産霊(むすひ)」は生産・生成を意味する言葉で、神皇産霊神とともに「創造」を神格化した神である。女神的要素を持つ神皇産霊神と対になり、男女の「むすび」を象徴する神であるとも考えられる。」


溝口氏によるとこの神は、北方ユーラシアが起源の思想を持つ神だそうで、5世紀に天下る神の子孫が国を統治するという伝説とともに、日本で創造されたと考えられているそうです。

この時代は、天武天皇や明治維新のように国家の立て直しを求められた時代だったようです。
ちょうど倭国が高句麗に負けた時で、高句麗の高度な文化や思想を元にした国力に危機感を持たざるを得ない時代でした。

そこで、それまでの地方の豪族がバラバラに先祖神を祀っているのではなく、国家神を創造し祀ることによって国力をまとめようと試みたというわけです。
そして、その大王は天の神からつながり、天から降りてきた王の子孫が統治するというイデオロギーを打ち立てたわけです。
この思想は朝鮮半島にも見られます。
これが天孫降臨伝説となったわけです。

だから、天孫降臨の指示をしたのはタカミムスビノカミということになっています。
この時の天の神とは、単なる天を意味するだけでなく日の神、月の神の要素もあったようです。

また日本書紀顕宗天皇3年に、人に憑依した月の神が阿閉臣事代に「わが祖高皇産霊尊は・・・・」と月神の祖が高皇産霊尊だと言及し、同じ年に今度は、日の神が「わが祖高皇産霊尊・・」と伝えています。
つまり日神、月神の祖は高皇産霊尊だというのです。


ところで、タカミムズビは、タカ・ミ・ムス・ヒに意味合いから分かれます。
タカは高、いわゆる高貴や気高いといった美称で、ミも御といった美称です。
だから、意味はムスヒにあるのですが、ムスとは生まれる、生成すると言った意味で、ヒを形容します。
で、一番本質を表しているのがヒですが、二説に分かれるそうです。
一つは霊で、もう一つは日です。

そこで霊をとった場合、霊力神となり、
日をとると、日神ということになります。
ややこしいのですが、日本書紀は漢文体なので、その文字に意味を待たせる必要があります。
よって日神だからと言って産霊を産日と表記してしまうと日を生む神になって日神そのものではなくなるから、生成力を持つ産霊神という表記をしたという事です。
多分、ムスヒ=太陽神説をとる溝口氏は、生命を育むのは太陽神だから、その生成力を表記したと言いたいのだと思います。


確かに古事記では高御産巣日神と日神の名を持っています。古事記は発音表記で漢字を綴ったもので意味合いはさほど重視しておりません。
そして、高皇産霊尊の皇の字からは、天皇家との関係が見て取れ、太陽神の子孫である天皇家の高皇神は、同じ太陽神であるのが自然です。

元々、高皇産霊尊は太陽神であったことから、同じ太陽神である天照大神への変更も可能であったということです。


さて、天照御魂神という太陽神がいます。
多分、アマテラスミタマと読んでしまうと思いますが、正しくは、アマテラスミムスヒと読みます。
同じ、ムスヒの神で天照という太陽神を意味する名です。
他に、天照高彌牟須比命(アマテラスタカミムスヒノミコト)といった名が、天照御魂神(アマテラスミムスヒノカミ)と同じく古文献には記載されているようです。
天を照らす神とは、日神か月神しかありません。
つまり、天照を冠するムスヒの神は、太陽神の要素が強く、ムスヒの神とは、太陽神だという理屈です。


因みに、天武天皇時代、国家神皇祖神に天照大神が採用されたのですが、きっぱりと変化したわけでなく、併用されゆるやかに天照大神信仰が用いられたと考えられるそうです。

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