見出し画像

恋文

 恋文をもらったことがある。

 高校生のころだ。私は市立図書館で勉強をしていた。中学生のころからずっとその図書館で勉強をしていた。
 日々通うので目にとまったのだろう。その日は珍しく途中で切り上げて早めに図書館を出た。すると、あとからついてくる足音があった。
 二人連れの女子であった。私立の女子高の生徒である。
 呼び止められて手紙を渡された。路上であったので、受け取ってすぐには読まず、その場を離れてから読んだ。いっしょに勉強できればよいのだが、とでもいった内容であったと思う。あらま。

 ところがどこをどう見ても連絡先がない。名前しか書いていない。私はオーケーの返事をすぐに書いたのだが、投函することはできないのであった。

 会うとすれば、図書館しかなかった。ここで大きな問題が浮上する。


 顔を覚えていない。


 いちばん気になるところではないか。だが、私に手紙を渡したその娘とそのお友達は、その場をさっさと去ってしまったので、目に焼きつける間もなかったのである。
 図書館にはそれらしき娘はいる。だが「それらしき」ではいかんのである。ここでカン違いなんかをしようものなら、物語的には面白いことがいくらでも起こってしまうではないか。
 いやいやここはコメディにするつもりはない。それでも顔を覚えていないというのはなんとも情けがない。仮に相手にもう一度出会ったとしても、

「いやあ、顔を忘れてしまいましたあ」


 などと頭をかくようでは、勇気をもって手紙を渡してくれた彼女に悪いのである。

 結局私は、手紙の返事をかばんに入れたまま、その図書館で勉強を続けるのであった。


 数日して、その友達のほうが声をかけてきた。「あのー、この前お手紙を渡したと思うんですけれどぉ……」

 ふぅ。それでなんとかお返事を渡すことができたのである。



 さてそれからであるが、それから彼女と何度会うことができただろうか。二人の関係は自然と消えてしまった。手紙をやりとりしたこともあるが、そんなに頻繁にではない。当時はメールもLINEも、いや、携帯電話どころかポケベルさえなかった。そういうものがあれば、まめに連絡していたと思うし、関係も続いていたと思う。


 私は連絡が来れば応じる、という態度であった。おそらく彼女は遠慮していた。彼女が私の高校の学校祭にこっそりしのび込んだ、なんてこともあったが、私は部室で寝ており、見事にすれ違った。

 クリスマスにはこちらから電話をしたが、つながらなかった。

 二人はそれきりとなってしまった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?