【ホラー】 『二重人格ごっこ』

「上等、上等。思ったよりいい場所じゃないか」

 妙なところに集まるものだな、と思った。地元に久しぶりに戻ると、どこで聞きつけたか、かつての後輩たちが飲み会をやろうと言ってくれたのだ。場所が廃校地下の文化部室だという。

 帰省翌日に訪ねてみると、そこは綺麗に整えられ、低い卓に食事と酒が用意されていた。懐かしいメンバーがすでに低いテーブルを囲んでいる。

「さあさあ先輩。こちらへ。上着は預かります。さあ」

 世話焼きのカスリだ。俺は笑って彼女に上着を渡した。

 みんな俺を待ちかねていたのか、急いで乾杯の音頭を取らされ、宴が始まった。カスリは俺のグラスにビールを注いだかと思うと、もう別の席にビールを注ぎに回る。彼女の世話焼きぶりは健全なようだ。

 次にミルトが近寄ってきた。

「ささ先輩。飲んでください」

「やけに急かすなあ」そう言いながらも、悪くは思わない。

「それにしても『双頭の鷲』はとんでもない作品でした。どうやってあんなものを思いついたんですか?」

 ミルトがビール瓶を持ったまま尋ねた。好奇心の塊、ミルト。早速『双頭の鷲』の話になったか。


 一同は演劇部員ではなく、即席で芝居をやるために集められた仲間だ。部員が少なく演劇部は廃部。それでも生徒と高校演劇祭に行きたがっていた顧問の思いを組み、古典の出席日数の足りなかった生徒らが演劇祭に出場するという条件で単位をおまけしてもらったのだ。

 ただ顧問は観る専門で、演劇の指導ができなかった。そこで演技指導にOBの俺が呼ばれたのだ。

 つい先輩面をしていたが、現役の頃の俺は単なる一部員で、脚本を書いたことも、演出をしたこともなかった。それでも市内の大学にいたOBは俺だけだったので、引き受けた。

「…今だから言うけど、俺に任せろ、なんて大口を叩いていたと思うよ。本当は脚本も演出も、なんのアイディアもなかったんだ」

 ミルトが、そうですかそうですか、と低い声で頷く。気のせいか、みんなが互いを見あった。「えーっ、そうなんですかあ?」と驚かれるかと思ったが、そういう声は聞かれなかった。俺はできるだけ明るく言った。

「…だからとりあえずその晩にみた夢をみんなにきいてさ、深層心理に合わせた役を俺が与えてやるから、お前らは内なる願望を叶えろ、自分とギャップのある役になりきれ、なんて。あれさ、全部適当だったんだ」

 そう。芝居の経験のない連中の人格を、にわかにどうにかする方法論が必要だった。そこで俺はもっともらしいことを言い、要はみんなに無理をさせた。

 合言葉は「二重人格ごっこ」。かつての俺曰く、まだお前たちの芝居は、普段の自分の上に役のキャラクターを重ねる二段お重人格ごっこでしかない。そうじゃなく、芝居ってのは人格をそっくり取り換えるんだ、云々…


 まだなんだか互いに目配せをしあっているような気がする。サプライズでもあるのか?

「そうですねえ。いや、厳しかったなあ」笑いながらすでに赤い顔をしたウロが言った。底なしに明るいウロだ。

「だよな。おかげで俺たちはいい芝居ができた。演劇部員でもないのに準優勝したのは快挙だ」

 ああん、という声がした。少し抗議のニュアンスがありそうな。だが俺は好意的に受け止めることにした。深い意味はなかろう。

「人は夢で日常と真逆の行動を取ってバランスを取っているという説がありますから、演劇メソッドとして理に叶ってはいます。ごっこという言葉も大きく影響しました。演劇ワークショップは、治療技法以上に人を変容させるとも言われています。それ故の副作用もあるわけですが」

 メガネを押さえながら話したのは理屈っぽいソンヤだ。かつては無理やりかけさせた父親のメガネだが、今もかけているようだ。

「ほめてくれてうれしいよ」

 互いが目配せをした。まただれとも分からぬ者が、ため息をついたような気がした。

 俺は一息つき、みんなを見回す。

 思えば、俺がみんなに与えた濃いキャラクターたちは、そのまま今のこいつらになじんでいる。俺は全員の素を引き出しただけじゃないのか? せわしないナズハは今もせわしなく食べているし、スローなデンジは役柄同様に動作が緩慢だ。あの、いちばん奥で静かに座っている影の薄い子は、ええっとなんだったっけ…

「ハハ、雅彦先輩の影響力が大きかったのは事実ですよ」

「ああ、ウロ。ありがとうな。まあもう二重人格ごっこは終わったんだし、今日は景気…」

 全員が一斉に俺を見た。

 すっくと真っ先に立ったのはデンジだ。「終わったって言ったね。やっと」

 ソンヤは黙ってメガネを卓の上に置いた。ウロは猫背になり、顔から笑顔が消えた。一人、また一人と立ち上がると、部屋の外へと出て行った。

「おい、どうした。おい。なんかの芝居か?」

 一人残った子が、最後に立ち上がり、ゆっくりと俺の背後に回った。

 そうだ、思い出した。この子は、虫も殺さぬムキって言ったっけ。


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