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五穀豊穣

店を持ち、必要な手続きごとが滞りなく進み、娘が保育園に通え、必要な花材が整い、学びある話に花が咲く。すべて妻のおかげである。妻には感謝しかない。いや、怖れもあるか。

じゃあ、妻には感謝と怖れしかない。




ある同性愛カップルが、年越しを、互いの関係を続けるか否かの投票をする日として定めていると言う。毎年毎年、二人が付き合いつづけるかどうかを投票し、一方でも「否」をつきつければ問答無用で別れることにしているのだという。


同性愛カップルであれば子供も生まれず、我が国では社会的に関係性を裏付ける証書も存在しないことになる。そうなると、互いを共同体だと認めさせるものは日々の行動のみである。互いに何をし、何を語るか。それも相互の関わりとしてどうあるかが日々問われることになる。


いっぽう、「子はかすがい」なる言葉もある。異性のカップルでは、「耐えさせる、耐える」の関係性が長く続きがちである。辛抱の中に得るものがあればそれも結構なことではなる。だが、少なくとも一方にはつきあいつづけることに合理性がないことも多い。カップル「である」ことに安住する、あるいは惰性で続けることができてしまうのである。


諸行無常ではあるから、人と人との関係性に大きな変化があることは自然なことである。その中には「終結」を迎える関係性だってあろう。関係を、別れることへの漠然とした恐怖で縛りつけられているのだとしたら、あるいは相手を手放せなくなっているのだとしたら、それは「強迫」だとか「依存」だとか呼ばれるものである。


そうは言っても今というひとつの時代から、自分の母親、父親くらいの世代をひとくくりにして一方的に断じるのもフェアでないかもしれない。ただ私はそのような関係をたくさん見てきた。そこには別れることを良しとせぬ、「夫婦は続くのが当たり前」という価値観の刷り込みを感じるのである。


先の同性愛カップルのシステムは優れている。毎年そうすると決めたのはたいへんな覚悟であり、日々、緊張感を強いられることであろう。同性・異性を問わず、この「カップル更新制度」を採用して関係性を続けられるカップルがどれほどいるであろう。大量の婚姻関係が返納されることになるのではないだろうか。


そう思ったが、案外さほどの影響力はないかもな、とも思う。任期ごとに議員の選挙は繰り返されるのに、当選するメンツも政治の中身にも大して代わり映えせぬからである。

それでも、毎年年末だけでも、選挙期間中の候補者のごとく、やさしくしたり、されたりするかもしれない。一年という積み重ねの価値も高まり、銀婚式だの金婚式だのと言った祝い事も、真の意味でめでたいと思えるようになるかもしれない。



さてさて、私が妻を恐れているので「そうかそりゃ不幸だね」などと思う人があれば、それはちょっと世の理を判っちゃいない。妻を怖れつつ感謝することを、男の幸せと言う。こればかりは揺るがぬ世の理だと思われる。

妻とはかみさんであり、すなわち神である。大自然を敬うのと同じで、畏むことを忘れるといつ何どき手痛い目に合うか判らぬ。私は独身が長かったから、そのありがたみは痛感している。それでもつい慣れが生じると、いることを以って当然と思い始めかねない。カップル「である」ことは、決して当たり前のことではない。

幸い妻は、ひとまわり以上年下である。そうなると、妻が不機嫌になって喚こうが、あるいは好き勝手に遊びほうけようが、「まあこれだけ若いんだから、たいていのことは俺が多めに見なきゃあな」と思いやすい。それに、機嫌取りに奔走する限り、常に妻のことを意識せざるを得ない。関係を続けるための緊張感が、自然に生まれているのである。

加えて妻の機嫌はよく直るのもありがたい。ほんと、持ち越さない。つまり台風である。これに逆らう者は戯けである。台風が来たら、どんと構えてびくともしないことである。……もっとも私にはそんなことはできないので、しなやかに受け流すか、半日逃げ切るが。


台風の国に過ごす覚悟を貫くコツは、実は相手の機嫌を取るところにはないかもしれない。妻を喜ばせるものは、うまい魚とアイスと片付けと私の耳掃除をさせることである。

これらは日々の糧をお与えくださることへの感謝として捧げられる供物だ。モンスーン気候の地域に潤いをもたらしているのは台風であったと気づければ、大自然が五穀の豊穣をもたらしてくれたと気づければ、自ずと収穫の喜びを形にしやすくなるというものである。そうすればおそらく人身御供をよこせとまでは言われまい。


妻は言う。


「どうしてあたしは結婚できたんだろう」


ああ、こんな身近に、世の理を判っておらぬ無粋な者がいた。冷蔵庫も持っていないような独り者を、あなたが救ったのですよ。

まだまだ私は、喜びを歌いつづけねばならないようだ。





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