【コント(26)】 『遠回り(23)』
(前回の続き)
「バルス」
(洞窟が崩れる)
「うわっ、危ないっ。盗賊も危ないけれど、岩の下敷きになったらもっと危ない。あとジブリのネタをいじるのもべつの意味で危ない」
「さあ、里中さん。今のうちに、逃げるんです!」
「あ、神沢さん、ちょっと待って。ちょ、ちょっと」
「速く。もっと速く走らないと」
「うおおおお」
「走れ、走れーー」
(二人は逃げ、生き残った盗賊もそこから走り出す。二人は盗賊に追われて走る形になるが、すぐに雰囲気が代わり、岩山からいつのまにか市街地の道路になる)
「走れ、走れ、走れ」
「あれ?……(振り返って速度を落とす)」
「走れ、走れ。健康のために。走れ走れ」
「今、健康のためって言いましたよね。盗賊が追いかけてくるからじゃなくて」
「いやあ、追いつかれたら大変ですから言っているんですよ」
「だけどちょっと待ってくださいよ? もう、人が多くなってきたじゃないですか。大丈夫じゃないかと思うんですけれどね。でもまあ襲われてもだれも助けてくれないってこともあるかあ。じゃあもう少し(再び速度を上げる)」
「ふう、ふう。里中さん、案外走るのが、は、速いですな」
「私は陸上部で長距離をやっていましたから」
「あ、経験者ですか」
「今、経験者って言いました? それはどういう……」
「気にしないでください。ちなみに私はスパイ部でしたな」
「スパイ部なんかないでしょう」
「何を言ってるんですか、日本はスパイ天国なんですぞ。だから私が高校で立ち上げたんです」
「活動は?」
「スパイ映画を観てですな」
「スパイ映画同好会ですね」
「……走れえ!」
(立ち止まる)
「走れ!」
「いつものおふざけモードになっていますね。もう余裕でしょう。走りません」
「走れ!(神沢は走り出す)」
「しつこいですよ」
「里中うしろー!」
「なにを……あれ? このパターンって……(振り向く。遠くからひとりの盗賊が追いかけてきている)うわあ! 速い、速い。なにあの速さ。(走り出す)ちょっと神沢さん。神沢さん。どうしましょう! あれ、陸上選手でもトップクラスの速さですよ。って今度は何止まってるんですかあ!」
「そんなに速いなら、あの盗賊より速く走ることはできませんでしょうなあ(完全に立ち止まる)」
「ええ? たしかに。それなら早く、別の手を考えないと」
「穴を掘りましょう」
「落とし穴のトラップか。ようし、もうワラにもすがる思いだ。えい!(いっしょに穴を掘る)」
「ほら、何か出てきましたな」
「そっちが目当てですか。このパターン、病院に入院したときにあったなあ。ろくなことにはならなかったけれど。でもほんとに何かありますね。これ、仕込んだんじゃないですか?」
「何を言ってるんですか。ふざけている場合じゃないですよ! 今は危険な状況なんですから」
「そうでした。すいません。それで、早くどうにかしないと。何ですか、それは」
「パラパパッパパー」
「ふざけているのはあなたでしたね」
「ああ、置いていかないで」
「じゃぁ早く見せてください」
「いいゼッケンといいシューズが出てきました」
「いいゼッケンってなんですか」
「じゃあシューズはいいシューズですよ。ネジを回すとキック力が増強されるという」
「今度は青山剛昌先生のネタをいじるんですか。こんな大変なときに、大人のめんどくさい事情に巻き込まないでくださいよ」
「小さくなっても頭脳は同じ迷宮なしの名探偵とは私のことです……(耳を引っ張られる)いてててててててて私のことではありません。パクリました」
「迷宮なしっていうのも含めて嘘つきですねえ。どこに行ってもバカなのは同じですけれどね」
「お詫びにこのシューズはあなたに履かせてあげます」
「いいえいいです」
「どうしてですか。こんないいものを」
「お詫びにって言っているけれど、もともと私に履かせようとしていたじゃないですか。そこまで履かせることにこだわるってことは、これ全部また仕込みでしょう。ろくなものではないでしょう。どうせ」
「いいんですか? こんなにいいシューズを、いいんですかあ?」
「微塵の未練も持つことはないですよ。いりません。……って、何やっているんですか」
「里中さんがいらないって言うから、私が遠慮なく履かせてもらっているんですよ」
「そんなシューズ履いたって、あの盗賊より速く走ることなんてできませんよ」
「そりゃそうですよ。でもいいんです」
「なんでですか」
「里中さんより早く走れば」
「…………(その靴を脱がせて放り投げる)」
「ああ、せっかくのシューズが……あれ? 盗賊が履きましたな。かくなる上は」
「あわわわわ、うわっ(神沢に転ばされる)」
「では。里中さんのことは一生忘れません(一目散に逃げる)」
「待て神沢! このヤロー!」
(やがて盗賊がやってくる。そのまま二人を追い抜いていく)
「走れ、走れ! 順位が下がるだろ。走れ、走れ!」
「気のせいか沿道には応援をする人々が立っているように見えるんですけれど。盗賊も含めてやっぱり全部小芝居ですね? これ!」
(頭をタコ殴りにする)
「いでででで。ちょっと里中さん。最近過激ですよ。暴力はちょっと……」
「正直に言ええ!」
「私はいついかなるときも正直な、イデデデデデデ……」
「嘘しかつかないだろうが!」
「はい。閻魔様に舌は抜かれたくありませんので正直に言います。こんどは長距離走っていう設定でして」
「あんたねえ。こっちは本当に死ぬかと思ったんだから。あなたっていう人は」
「ああ、盗賊役には、マジで殺す気になってやれって言ってありますから。おかげで迫真の……(髪の毛を引っ張られる)いてててててててて。すいません。もうしません」
「もう走りませんよ」
「ゼッケンがないから(差し出す)」
「あのね。エントリーを気にしているわけじゃないんです」
「だけど走らないと」
「なんだって言うんです?」
「呪文を唱えますよ?」
「呪文? あ、やめろ!」
「やめません。(満面の笑みで)バルス」
(大きな音。先ほど掘った穴が大きく広がり、二人が深く深く飲み込まれていく)
〈続く〉
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