見出し画像

切り取るとき、表現するとき

どこでもかしこでもシャッターを押したいと思う訳では無い。カバンに入れているカメラを取り出してでも切り取りたい瞬間というのは訪れてから気が付く。その瞬間をできる限りイメージ通りに収めるのがフィルムの楽しさだと今は感じている。そしてこれが切り取るときの一連の流れである。
現像に出す時にはシャッターを押した瞬間のことを想像しながら後は使っているフィルムの事を考慮して頭の中のイメージを伝える。後はプロに任せている。

そして仕上がり後、、、1枚1枚を見ながら今考えているイメージをInstagramなんかで表現してみる。


ここで妙なのは、切り取ったときと表現するときは全く異なることを考えている、というところだ。正確には、切り取った時のことを思い出せない。確かに無意識から撮るに至るため、朧気になるのはわかるが少なくとも、その場所に行く事にはなにか理由があったはずだ。フィルムにその時の記憶を全て託しているのか、間の空いたその瞬間にあとから新たな想いを放り込む。こうして僕の撮影は1つの作品に仕上がる。


1つの作品に仕立てることで、僕は僕のより濃い記憶を遺す事になるが、やはり2週間前の自分が何を思って撮影しているのかは気になる。次は撮る時の記憶と後から表現する時の想いの共通点に迫っていこうと思う。

僕がフィルムカメラに収めるものに更に魅力が増すことを祈って。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?