春の塑像(作品ハイライト)


 「はー! 奈良着いたー!」
 電車に揺られること、約1時間。古都奈良の地に、俺たちは降り立った。近鉄奈良駅の改札を出て階段を上ると、行基像と真っ青な空が目に入った。
「あ、この行基懐かしい。修学旅行の時も見たよね」
 俺の一歩先を軽い足取りで歩いていた彼女が、嬉しそうに振り返った。
 俺も修学旅行の事はよく覚えている。俺たちの高校は、4泊5日の修学旅行で奈良・京都を回ったのだ。非日常の空気にあてられて、一彩がいつもより特別に映った。そしてそんな彼女がすれ違いざまに手を振ってくれる度、俺はなんだか照れくさくてそっけない態度を取ってしまったことを思い出す。だから今回は目一杯、一彩との非日常を楽しみたい。
「天気も良くて、本当によかった。新潟の空とは大違いだね」
 一歩先を歩いていた彼女の横に並び、2人揃って空を見上げた。俺は雲一つない空を見上げながら、新潟の空を思い出す。いつもどんよりしていて、灰色の空が頭上を覆う新潟の空。青空が見えるたびに珍しがった数年前の記憶を辿り、快晴の多い京都や奈良の気候が際立って魅力的に思えた。
「そうだね。解放感が全然違う。でも、新潟の空も私は好きだよ。晴れのありがたみがよく分かるから」 
 一彩は、俺の言葉に同意しつつも、愛しそうに新潟の空へ思いを馳せた。彼女の目には、俺の見ている空とは違った空が広がっているような気がした。
「さ、まずは東大寺だよ! 行こ行こ」
 荷物をロッカーに預けて自由になった体がよほど軽いのか、彼女は弾むような足取りで俺の手を取った。自然に絡められた指の感触で、一彩が隣にいる幸せをふと再認識し、今日一日への期待が高まった。

「一彩」
「ん?」
 駅前の商店街を過ぎ、興福寺へ向かう坂を上り始めたところで俺は口を開いた。
「あの商店街『東向き商店街』って書いてあったけど、なんで『東向き』なのか知ってる?」
「東向いてるからじゃない……ってあれ?」
 一彩はもう一度商店街の向きを思い出すように、あれこれつぶやき始めた。
「あっちが東大寺だから、あっちが東で……ということはあの商店街は……南北に伸びた商店街だよね……」
「そうだね」
「ということは、あの商店街は碁盤の目の縦方向に伸びた商店街ということになるはず……つまり向かい合った店同士は、それぞれ東を向いている側と西を向いている側に分けられることになって……あれ、西向きに建っている店も多いのに、なんで東向きっていうんだろう……」
 一彩は頭をフル回転させて顔をしかめる。考えるにつれて寄っていく眉間のしわが、彼女が真剣に考えていることを証明している。
「……分かりません」
 悔しそうに一彩がうなだれた。俺は、ちょっと得意になって正解を口にする。
「正解はね、もともとは興福寺に向かって、つまり東に向かってお店が建っていたからなんだって。圧倒的な力を握る興福寺に尻を向けて商売なんて、できなかったんだろうね」
「えー! じゃあ私が修学旅行の時に入ったモスは、本当は向いちゃいけない方向に向かって建ってるってこと⁉」
「そういうことになるね。マックは正しい方向を向いていることになる」
「へえ~!」
 彼女が目を大きくさせて、深くうなずいた。つないだ手をわざと大きく振って、楽しい気分を外に放出している。
「玲はやっぱり歴史が好きだね。前、一緒に村上城跡行ったときも色々解説してくれて楽しかったなぁ。話聞く前と聞いた後じゃ、見方が全然違うもん。観光行く時は、詳しい人と行くのが一番楽しいよね。それが好きな人だったらなおさら素敵」
 上り坂に呼応するように、彼女の気分は上昇していく。よっぽど今日の旅が楽しみだったのか、いつもよりさらにご機嫌な様子で俺を褒めてくれた。嬉しそうな一彩を見ていると、俺も嬉しくなる。楽しいと言ってもらえると、もっと話をしたくなる。彼女といると、普段の自分では考えられないような感情を抱き、少し不思議な気持ちになる。何度も来た奈良の町であるはずなのに、初めて来た時のような高揚感を覚えるのは、奈良が魅力的だからだろうか、それとも一彩のおかげだろうか。
「鹿みっけ!」
 興福寺の前で、鹿がお出迎えをしてくれた。柵の隙間から顔を覗かせ、鹿せんべいを探している。
「かわいい~」
 一彩が鹿に駆け寄って、目をキラキラさせた。写真を撮ろうとすると、
 キエーーーー……
 鹿がけだるそうに鳴き声をあげた。
「え、今の鹿の鳴き声?」
「うん」
「……」
 その声を聞いた一彩が、何とも言えない顔で俺を見つめてくる。想像と違った鹿の鳴き声に、言葉を見失ってしまったようだ。しばらくして、彼女はぼんやりと件(ルビ:くだん)の鹿を見つめたまま口を開いた。
「……鹿の鳴き声ってさ、建てつけの悪いドアを開けた時みたいな変な声なんだね」
「プッ」
「え、私なんか面白いこと言った?」
 絶妙な例えと、困ったような彼女の顔が面白くて、俺は笑いをこらえきれなかった。
「もー、何笑ってんの!」
 肩をプルプルさせている俺を、彼女が不服そうな瞳で見上げてくる。この顔もろとも写真に収めてしまいたかった。
「いい例えだなと思って」
「嘘。馬鹿にしてるでしょ」
「全然。まったくもってそんなことはないですよ」
 一彩の反応を見て、初めて鹿の鳴き声を認識したときに俺も戸惑ったことを思い出す。鳴き声はその動物の印象を大きく形作るものだと思うが、鹿の鳴き声を知っている人はそんなに多くないと思う。まっさらでなんの知識もない頭に響く鹿の鳴き声は、独特で、予想外で、そしてかなり滑稽なのだ。
「鹿の鳴き声を聞くと秋がひとしお悲しく思えるって誰かが言ってたと思うけど……」
「猿丸大夫かな」
「全然悲しくなんてならないね。私に風情がないだけかな?」
「まだ早かったね」
 そんなこんなでケラケラ笑いながら歩いていると、南大門が見えてきた。現存の山門では日本最大級の、大きな門である。
「こっちが、阿さん。あっちが吽さん」
 一彩は、金剛力士像の口元を見ながら、どちらが阿形でどちらが吽形なのか確認している。
 その横で俺も金剛力士像を見上げた。もともとはバラモン教・ヒンドゥー教の神だったが、仏教に取り入れられて善神になった守門神。かつては彩色が施されていたようだが、今は落ちてしまっている。木目の質感、触ったら柔らかそうなくらいリアルな衣の造形、下から見上げた時に迫力が増すような全体のバランス。ああ、さすが慶派一派。これを69日間で制作したなんて、にわかには信じられない。これが3千近い部材を寄せて作られている? 本当か? 何度見に来ても、そんなことがあるのかと疑心暗鬼になってしまう。
 仏像の構造、制作背景、歴史、色んなことを頭でよく考えて、その仏像が持つ魅力の海に溺れてしまった時、ふと目の前に立っている仁王像の存在をもう一度意識する瞬間がある。そして気づくのだ。今目の前にあるこの像がすべてであること。この像は、南都焼き討ちからの復興に際して作られ、色んな人の心を動かしながら、間違いなく今ここに存在していること。なんて尊い、奇跡の連続みたいな像なんだろう。はあ、もっと仏像のことを知りたい。新たな知識は俺にどんな景色を見せてくれるのか、知識を基盤とした発想はどんな発見につながるのか、その先を見てみたい……。
「ゴリゴリマッチョでかっこいいね」
「……」
 俺の思考を遮るようにつぶやかれた、素直でまっさらな彼女の感想に、俺は一瞬固まってしまった。仏像の奥深さに思いを馳せ、この先の将来のことまで思い及んだ高尚な時間は、彼女の奇抜な発言で幕を閉じた。
「ハハハ、そうだね。ゴリゴリマッチョ。うん、その通り」
 彼女の言葉を反復すると、余計面白くなってきた。そうか、彼女はこの像を「マッチョ」という視点で見るのか。
「玲もこれくらいマッチョになってくれればいいのに」
 そう言いながら、一彩が仁王像にスマホを向ける。この像のいいところはお金をかけずとも見られるところ、写真も撮り放題のところなのだ。
「これだけ筋肉モリモリになったら、一彩の好きな細マッチョからかけ離れちゃうよ」
「それは困る! あ、八一の歌碑」
 写真を撮るためにいったん離した手を、再びつないで歩き出すと、左手にひっそり佇む歌碑を見つけた。新潟出身で奈良を愛した歌人、会津八一の歌碑である。
「会津八一について、修学旅行の時に調べたの覚えてる?」
「覚えてるよ」
 会津八一は新潟県尋常中学校の出身で、俺たちの先輩なのだ。だから、修学旅行の下調べの時、奈良県内の八一の歌碑は一通り調べさせられた。彼の代表的な歌集には『鹿鳴集』『南京新唱』などがあり、これらは万葉調、良寛調の独特の歌風で知られる。
 奈良県内の有名な寺社の多くに、彼の歌碑が建てられている。字音語を極度に避け、和語の美しさに迫ろうとした彼の歌には漢字がほとんど用いられない。漢字が入った珍しい歌碑とされるのは、奈良県喜光寺「ひとりきて」の歌。歌碑にはまざまざと「汽車」という漢字が見える。新潟の風土を基盤として作られた彼の価値観は、彼の瞳にどのような奈良の姿を映したのか。そんなことに思いを馳せながら行く古寺巡りは、なかなか楽しいものである。佐野には「渋い」とよく言われるが。

   おほらかに もろてのゆびを ひらかせて 
   おほきほとけは あまたらしたり

 ちなみに、東大寺の歌碑にはこう刻まれている。
「おほらかに、もろてのゆびをひらかせて……」
 彼女が優しい声で、和歌を口にした。
「こんな大きな大仏を見てさ、指にフォーカスして歌を詠んでいるんだよ。すごいよね。私はきっと指なんてたいして見ないで終わっちゃうもん」
 一彩は歌碑から目を離さないまま、言葉を紡ぐ。
「こんな素敵な感性を持った人が、新潟出身だなんてすごいよね。やっぱり新潟はいいところだよ」
 彼女の言葉に、ハッとした。新潟はいいところ。久しくそんな感情を抱いていないことに思い至ったからである。
 少し散歩するだけで世界遺産にたどり着くような京都や奈良の地で、いつも抱くのは劣等感だった。羨望のまなざしでこの地を見つめた時、新潟に無いものばかりが目についた。でも、新潟から東京に出て、決して視野が偏狭になっているわけではない彼女の目に、奈良と比べることによって相対化された新潟は、魅力的な場所に映っている。それが俺には純粋に驚きだった。
「……調べたのはだいぶ前だったのに、この歌の特徴をよく覚えてたね。俺はちょっと忘れてた」
 自分の中でもうまくまとまっていない感情をどう吐露したらいいのか分からず、はぐらかしてしまった。
「え、新潟県民として八一先生の和歌を覚えてるなんて当たり前のことじゃない?」
 褒められた一彩が、鼻高々に自分へのハードルを上げた。いたずらっぽく笑う彼女の瞳に、「歴史好きの玲に勝った」という優越感の色がにじんで、俺は少し意地悪をしてやりたくなる。
「じゃあ、会津八一が長野で詠んだ『かぎりなき』の歌は言える?」
「う……」
 優越感の色が消えるのと同時に、一彩はきまり悪そうに俺から目を離した。コロコロ変わる彼女の表情が面白くて、俺はつい意地悪をしてしまう。
「見え張らなくていいのに」
「本当は奈良旅行が決まってから、色々調べなおしたの。玲と奈良に行くんだから、最大限楽しもうと思って。歴史好きの玲に負けないように調べるの大変だったんだからね」
「一彩は理系だったから日本史も取ってないもんね」
 素直に負けを認めて本当のことを暴露した一彩は、開き直ったかのように鼻を鳴らした。自分の専門分野じゃないところでも一生懸命調べて、歴史が好きな俺に足並みをそろえようとしてくれる一彩は、この上ないくらいに愛おしい。多分、こんな子は他にいないんだろうなと思うと、彼女を好きだと思う気持ちは熱を帯びる一方であった。
 そのまま大仏殿へ向かい、八一先生に倣って俺たちは大仏の指をよく見てみた。よく見ると水かきがしっかりあって、指の曲がり具合も絶妙で、うまく言えないけれど趣がある。でもやっぱりこの感情を言葉にすることは難しくて、たった31字のなかでそれを表した八一のすごさに身震いするばかりであった。
 大仏の周りをぐるっと一周して、俺たちは東大寺ミュージアムへ向かった。2年半前、戒壇院の広目天に出会った場所である。
「すご……」
 館内に入ると、一彩は人一倍気を遣って声を潜め、感嘆の声を漏らした。大きな声を出さなくても、彼女の声はよく響いてしまうのだ。
「うん……」
 俺も、国宝の数々に圧倒されて感嘆の声を漏らす。
「……」
 やはり、目が離せなかったのは広目天だった。天平時代の傑作、国宝戒壇院四天王像4躯のうちの1躯。目を見開いてどこか激しさを感じさせるような増長天と持国天の表情が、眉間にしわを寄せて目を細める広目天と多聞天の静かさを際立たせる。多聞天と広目天の表情はよく似ているが、遠くを見つめるような視線、表情の静けさは広目天の方に分があるように思う。4躯のなかにいて、それも目を引くような色彩も激しさも携えていないのに、どうしてこうも広目天から目が離せないのか。なんなんだこの腰の曲線は。これが土でできている? 奈良時代から形をとどめている? それもここまで写実的で美しいものが? そんな奇跡みたいなことがあっていいのか。俺が今まで知っていた土ってそんなにポテンシャルの高いものであったか。幼いころ作った砂の城も、泥団子も、いつも悲しくなるくらいにすぐに壊れてしまったじゃないか。
 そんなことを思いつつゆっくり広目天の顔に視線を映せば、あの時と変わらず遠くを見つめる物憂い表情が浮かんでいて、俺は胸が締め付けられる思いだった。この像は、一体何を見てきたのだろう。先人たちはこの顔に何を感じ、何を見出したのだろう。他の国の仏像と比べて、この像に日本らしさはあるのだろうか。他の時代の仏像と比べたら、何が見えてくるのだろう。材料は? どこの土を使っている? もっと、この像について知りたい。大学4年じゃ到底足りないくらい果てしない時間が、広目天の前には広がっているような気がして、なぜか怖くなった。広大な魅力の海に引きずり込まれ、身動きが取れないような感覚にとらわれたからだ。この広目天が見てきた、想像もできないような果てしない時間を思うと、今自分がどこにいるのかよく分からなくなる。周囲が真っ暗になって、どんどん深いところに落ちていくような感覚。そしてふと、畏敬の念にかられて息を吸った。その音が耳に響き、ほのぐらい灯りに包まれたミュージアムのなかに意識が引き上げられた。もう一度広目天の顔を見上げて、今自分の目の前にこの像があることの尊さに思いを馳せる。ああ、なんて静かで激しい……
「玲……?」
「……ん?」
 どれくらい見とれていただろうか。心配そうな彼女の声で現実に引き戻された。
「……どっか行っちゃいそうな顔してた」
 彼女はそういって、俺を引き留めるように握る手の力を強めた。
「どこにも行かないよ?」
「うん」
 俺の言葉を聞いても、彼女はどこか不安そうだった。

     *

「ねえ玲」
 ミュージアムを出ると、一彩は外の明るさに目を細めた。不安そうな様子はなくなり、つないだ手からはお昼ご飯への期待が感じられる。
「さっき玲が見とれていた仏像って何がすごいの? もちろん、こんな長い時間残っているなんてすごいなとか、そういう感情は私も抱くんだけど、それがどれくらいすごいことなのかいまいちピンとこないんだよね」
「難しい質問をするね」
 彼女の質問を頭の中で反芻し、どんな言葉で表現すればいいのか悩む。一彩は、ニコニコしながら何も言わずに待っていてくれる。沈黙は往々にして気まずいものだが、一彩との間に流れる沈黙はなぜか心地いい。それは彼女が、急かさずに俺の言葉を待っていてくれることが、十分すぎるくらいに伝わってくるからだろう。
「あの像は、土でできている塑像なんだけど」
「うん」
 俺が口を開くと、一彩は待ってましたとばかりに相槌を打つ。
「ちょっと田植えの時を思い出してみてほしい。一回くらいやったことあるでしょ、田植え」
「そりゃもちろん新潟県民なんで! 昔はよくおじいちゃん家の田植えを手伝ってましたとも!」
「裸足で田んぼに入って、休憩のためにあぜ道に上るとしよう。おにぎりとか食べて、ゆっくり休憩をしたら、足はどうなる?」
「泥がカピカピになってなんか嫌な感じになります」
 自らの経験を思い出しているのか、一彩が少し眉間にしわを寄せる。俺も経験があるが、一彩の言う通り土がカピカピになってしまうので、皮膚が少し突っ張る感覚がある。それを彼女は「なんか嫌な感じ」と言っているのだろう。
「そう。カピカピになるでしょ。それと一緒で塑像に使われている粘土も、水分を失うと急激に体積が減って、ひびが入ったり、割れたりするんだ。だから乾燥したときに壊れてしまわないように、粘土分と砂分の割合を調整するとか、色んな工夫をする必要がある」
「ほうほう。なんかすごく大変そう」
「きっと試行錯誤の連続だったと思う」
 一彩は俺の言葉を聞いて、粘土で作られた仏像が奈良時代から今まで残っていることのすごさがだんだんわかってきたようだ。
「……日本はさ」
 しばらく彼女は考え込んだあと、ゆっくり口を開いた。
「日本は地震の多い国だよね。地震で倒れちゃったらひとたまりもないと思うの。それに昔は火事も今よりずっと多かっただろうし……そう思うと本当にすごいことだね。こんなに壊れる原因が身近にたくさんあるのに、ずっと残ってきたんだもん。きっとこの像を守ってきた人たちは、本当にこの像が好きだったんだよね。奥が深い……」
「でしょ? これは勉強したくなるでしょ。大学4年間じゃ足りないくらい。大学院に行ったら……」
 口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。一彩が大学院という言葉に反応して、少し眉をあげる。
「……大学院、行くの?」
 恐る恐る、一彩が言葉を紡いだ。不安そうな彼女を見て、自分がどうしたいかとか今の自分の気持ちをどう言葉にしたらいいのか分からないというより、「なんてことを口走ったんだ」という焦りが勝ってしまった。
「どうだろうね」
 焦りを隠すために口にした俺の言葉が、彼女にははぐらかされたように聞こえたことは明白だった。一彩は傷ついたように眉を下げたが、
「そっか! まだ分からないよね」
 と、すぐににっこり微笑んで顔をあげた。彼女が俺を擁護しようと思って言ってくれたことは分かっていたが、「まだ分からないよね」という彼女の声に、「もう決めないといけない時期なのに」という自分自身の声が重なって聞こえて、俺は何も言えなかった。

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