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懐かしい  シロクマ文芸部


たちつくす


いつかの記憶   【590字】

懐かしい匂いがして咄嗟に振り返ったが、そもそもそんなことがあろうはずがなかった。
廃墟、まさにここは荒廃した街。荒んだ空気が粉塵を舞い上げ、近づくことのないよう警告している。
足元の雑誌を拾って、パラパラとめくった。こんな紙の刊行物が発行されていたのはいつの時代だろう。

その島を「にほん」というのか「にっぽん」というのかについてはまだ定説はない・・・

という文言が飛び込んできた。あの島国・・・私にはそこで暮らした記憶がある。それは遠い先祖の記憶なのか、それともタイムリープしたのかはわからない。いずれにしても、私はその地の血を受け継ぐものであることは確かだろう。

この地にはもう花は咲かない。月はとうにどこからともなく現れた小惑星に奪われ、きっとそれと合体して別の天体になり果て、冷たい宇宙を彷徨っていることだろう。文字通りの惑星だ。
気候の変動は凄まじく、極地にいたものだけがこうして息をしている。磁気を帯びた粉塵はもはや何も伝えない。ここに一欠片の雪さえ残ってはいないことも。

天空に小惑星の雨が降るようになった時から、おそらくこうなるだろうことはわかっていた。世界の知も、きっと何をしていいのかもわからず、おろおろしていたのだろう。

もう消えゆくしかない、この人類という種を後の何者かはどのようなものと見るのだろうか。
まぁ後の何者かがあればの話だが。
あれはたしか、鰻の匂いだったはずだ。
       了


たちつくす


小牧部長さま
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