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小説チンクエチェント 君の手ざわり


チンクエチェントは500


君の手ざわり   【500字】

秋の日は釣瓶落とし。夕暮れ?と思う間に山の端に落ちていく。
古い豆腐屋の艶のある琥珀の柱に「豆腐あり〼」の旗。その向かいのガラス張りの美容室の灯りが外に滲み始める。白と薄いピンクの石畳の商店街。その先の角を曲がると宵闇がある。宵闇は君の姿を連れてくる。


君はお風呂に入る。毎日、必ず。明るく白い洗面室、一枚ずつ剥がされて、今日の君が脱衣かごに入っていく。君の匂いをふんだんに吸い込んだ脱衣かご。えも言われぬ。
なんの躊躇いもなく最後の一枚まで脱ぎ捨てた君は浴室に消えていく。その後ろ姿を見送る。後ろ髪を引っ張りたい。そんな気持ちを拳の中に握りしめ、白く美しい背中を目に焼いた。脳髄はその白桃の中に潜り込もうともがく。しかし、その先に目はない。
シャワーの音はビーチに寄せる波音。時折り洗面器が奏でる打楽器がボケた拍子を刻む。

君を慕い、今日もぼくは眼球となる。科学技術がどれほどのものぞ。君の美しさには到底及ばない。
やがて君は新しい君を纏う。ペコちゃんのTシャツの胸に小さな二つの突起を見せて。
ばくが黒ければ黒いほど、君は妖艶に光る。


新しい朝(あした)は新しい君を見せてくれる。そんな夢を抱いて、ぼくは閑かな眠りに就く。


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