鮪のピアス
2作目です
鮪のピアス 【797字】
「グロいんだよ、おまえのすることは」
そんな独り言を吐きつつ、ズルズル滑る床に広がったもはやドス黒い粘液をタオルに染み込ませる。
「今回はいったい何を解体しやがった」
同居人のアサコは不在。あくまでも同居人であってそれ以上のものではない。裸を見て萌えないのはアサコと母親くらいのものだ。
奔放に振る舞うアサコの後ろにくっ付いて、後始末をしていく従者のようだと自分を自嘲う。
先日のズルズルはそれでもまだ良かった。
「鮪の解体ってやつがしてみたかったのよ」と得意の思い付きを吐いて、どこかの白髪の紳士をたぶらかし、鮪と日本刀と言ってもいい包丁を手に、ひどい有り様の刺身を大量にこの世に吐き出したのだ。
それだけでも充分に罪深いが、それをご近所に押し付けるという迷惑千万を平気な顔でやってのけた。
もらった方もその扱いにはずいぶん悩んだことだろうよ。見た目はヒドイがいちおうは鮪だ。食べちまえば料亭の鮪と変わらねぇ、とは言え口にするまでには葛藤があったはず。
これ、体に入れて大丈夫?とか、鮮度を心配する向きもあっただろう。なにせ人間は見た目で八割方を判断する動物だ。しかし正真正銘その日に港に上がったものを、その日に解体したものだ。必要とあらばこの俺が保証してやっても良いんだが、そんな俺だってアサコみたいなケッタイな女と同居できている不審な生き物に違いない。となると、そこから吐き出される言葉もそれなりに燻んでしまう。それどころか黒と言えば言うほど白が輝きを増すような、山師のような見映えだろうよ。
ところで当のアサコはどこに行きやがったんだ。
「コイツは・・・アサコのピアスじゃねえのか?」
せっせと床を撫でていたタオルに引っかかったものに目を剥いた。じっくり観察したことなんぞ一度もないが、日々目の前にチラつくものが記憶に残るってことはあるものだ。そんな目ん玉の端っこに引っかかっている画像とそれは見事に一致した。
つづく
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