今朝の月 シロクマ文芸部
今朝(こんちょう)の月 【425字】
今朝の月はまだ出ていない。
燃えかすのようなその白い姿は、命を吐き出した後のうちの猫と同じ匂いがしていた。躍動感のない、意志を持たない剥製の雉の目をしていた。翼を広げていても一向に飛び立つ気配を感じさせない。そんな一縷の艶かしさも、望もない姿をしていた。
灰色がかった青い空の真ん中をそれはゆっくりと通り過ぎるのだろう。ある日の彼は誰にも気づかれず、誰の目にも映らない。それは存在の証明さえ求められない虚しいものとしての彼だ。
ぼくは彼と一緒に暮らした。美しいアンバーの目をした彼と。彼は自由で、わがままで、そして美しかった。緑に映る川のどんな囁きよりも、夕暮れの東の山の青い輪郭よりも、どんなステーキの脂の焼ける匂いよりも、アイスクリームが溶ける寸前の憂鬱よりも、しなやかに息づいていた。
その美しさ故に、それを失くした彼自身の失望を思う。
それでもぼくは白い月に目を留める。きっとそこには彼のかつてが見えるような気がするからだ。
愛とはきっとそういうものだ。
了
小牧部長さま
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