6月27日(土) 見えている世界

6時に目覚める。水も飲まずに昨夜届いた『Summer Pockets REFLECTION BLUE』をインストールする。

パソコンの中でディスクが動くけたたましい音の中、昨夜借りてきた苫米地英人『「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!』を読み始める。

けたたましいインストールは失敗してしまい、内蔵ドライブの寿命とみなし外付けドライブで再戦。
着替えて昨夜のカレーを食べ、雨が降らないチャンスデーとみなし冬用の布団類をついに洗った。洗い終わりを待ちながら読書に戻る。

『「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!』は購読している日記で紹介されており借りてみた。10年以上前に脳科学に興味を持っていた時期ぶりに読む苫米地英人だった。
結論としてはやりたくないことをやめてゴールに向かって生きれば脳は目覚めるという当然の話だったのだけど、事象を捉える抽象度を上げれば感情に振り回されないという話だったり、会社を辞めた後のことは辞めた後に考えねば意味がないという話は私が実践していることそのもので、エビデンスというか後押しを貰えたようで嬉しかった。

頭のモヤモヤは言語でできており言語の刷り込みから発生するマイナスな自己イメージが悪循環を引き起こす、というのも既知の話ではあったが、脳は言語で世界を解釈しているのだから言語を書き換えれば脳にとっての世界をある程度操作できるというのはこの日記に託しているテーマでもあり、やはり日記こそが脳を快適に動かす最良のツールではないかと改めて思わされた。この先日記をずっと続けられたら、それでもっと生きるのが楽になっていたら、日記の有用性を説いた自己啓発書でも書こうか。
「ホメオシタシスに介入し、フィードバックの向きを変える」「未来から過去に流れる時間観で考える」など画期的な方法論もあり割と参考になった。そう、脳科学寄りの自己啓発書に出てくるこういうハックを読むのが好きだった。研究も大分進んだろうし10年ぶりに色々読んでみようか。

サマポケのインストールも布団干しも無事終わったためMaison book girlのベストアルバム『Fiction』に付いてきたライブBlu-ray『Solitude HOTEL ∞F』を観ることにした。サマポケのプレイは今日始めるか迷ったがやはりもう少し夏になってからとする。

1月5日にLINE CUBE SHIBUYAで観劇したライブだ。感染症上陸前に観た最後のライブでもある。
ブクガのライブは生と映像で全く別の魅せ方を備えた作品になりがちだと思っていたが今回は特にそれが顕著だった。あの日二階席から舞台装置ごと俯瞰できて本当に良かったと思う一方、寄りで迫る映像表現も相変わらず凝っており素晴らしい。

過去の楽曲が少しずつ崩れていくのは『Fiction』に繋がる伏線だったと踏まえた上で観ると、まあそれでもきちんと解釈は出来ないけれど味わいは変わった。
この『∞F』の演出は狂ってはいたものの過去の公演に比べれば少し薄味だったと感じていたがそれを補うようにパフォーマンスのクオリティが過去最高レベルだから十分見応えがある。意外とこの公演こそを今後何度でも観たくなるのだと思う。
観る度に研ぎ澄まされていく彼女達のライブは自分の人生で出会える最後の最高の芸術かもしれないとふと感じられ、宇宙に放り出されたような壮大で心細い気持ちに何故かなった。

さっきまで現代社会における脳科学的自己啓発術をずっと読んでいた反動でブクガ世界への没入をより新鮮に深く味わえた。ブクガの好きなところは現実社会を遠回しにでも想起させうる詞が一切登場しないところだ。
内面世界がコスモロジーに直結していくような詩を、四人の歌と踊りでひたすら建設していく、あるいは受肉させていく営み、それがメゾンブックガール。

『∞F』を観終わり、間髪入れずに水曜日に生配信された『Solitude BOX Online』のアーカイブを観直す。『∞F』に続けて観るべきライブだったと直感したため。観てみるとやはり解釈が大幅に変わった。
アーカイブで観てもなお凄まじい配信だった。観客の入っていない会場を用いること、観客は画面を通して鑑賞していること、この二点をあらゆる角度から利用し尽くして全く新しいライブ表現を作り上げたブクガは本当に凄い。世界中で行われている無観客配信ライブの中で最も革命的な作品だったと断言したい。

昼はピザトーストを食べながら昨夜録画したBSフジ『タイプライターズ〜物書きの世界〜』を視聴。加藤シゲアキ(NEWS)と又吉直樹(ピース)の番組でゲストが幾原邦彦監督(イクニ)とかいう凄まじい画面だった。
三人が集ったのはイクニが手掛けたアニメ『さらざんまい』劇中の蕎麦屋のモデルとなった浅草の寿司屋。
『さらざんまい』のファンだったシゲ氏がイクニの前で興奮しながら語るのを又吉さんは正直興味なさそうに聞いていたが、イクニお気に入りのシーン(一稀の過去が漏洩する場面)のVTRを観て目が変わった、作家の目になった、気がした。のが面白かった。
シゲ氏はこの収録のためにアニメを観返したそうで、「つながりたいけどつながれない」というテーマが感染症下の現状と重なってより響いたと仰っていた。それは確かにそうだろうなとは思っていた。一周年だし夏だし観返したくなる。
イクニ直伝の日本アニメ史解説が非常に面白く、この男に付いて行こうと改めて思った。そしてあの寿司屋には必ず行きたい。

午後はダルゴナコーヒーを作り外にキャンプチェアーを出し、昨夜図書館で借りた磯部洋明『宇宙を生きる 世界を把握しようともがく営み』を読む。空を眺めながら宇宙の話を読むのは良い。

宇宙物理学者の著者がどのようなマインドで宇宙を研究してきたか、宇宙研究という学問はどのような営みなのか、といった語り口の本。高校生向けの職業紹介の講演のような読み味ではあった。
著者の専門が太陽研究らしく「コロナ」の話がたっぷり書かれていた。今頃良い迷惑を被っておられるのだろう。「コロナループ」という恐ろしい単語に出くわす。
電力や人工衛星に依存した現代で大きな太陽フレアが起きたら経済損失は2兆ドルとされているそうで、コロナどころではないよなと現代社会の脆さを儚んだ。何もかもデジタル化が完了した頃に太陽の災害で全部飛んだら・・・面白いよなあ・・・。
過去に「スーパーフレア」が起きたかどうかを調べるために歴史学者と連携して文献を調査した話が凄く面白かった。自然科学者は史料の精度を吟味できず、人文系研究者には自然現象の細部が分からない。でも二人ならLに並べる。二人ならLを越せる。なんて美しい話だ。

途中まで読んで布団を取り込み部屋に引き返し、ZUN様の名盤『大空魔術〜Magical Astronomy』を聴きながら続きを読むと宇宙研究モードに浸れて最高だった。彼の音楽家としての最高傑作だと思う。

宇宙を研究することは経済や生活の役に立てるためや単に好奇心を満たすためだけではなくもっと差し迫った人生の意味そのものだということが、こんな雑な言い方ではなく迷いに迷った紡ぎ方で述べられており良かった。
地球はやがて氷河期を迎えいつかは太陽に飲み込まれる。それに向けて人類が移住をどう進めるのか、というくだりには今まで感じたことのないリアリティーがあり面白かった。
地球で生きづらいと思っている人にとって宇宙移民は「いざとなれば地球外へ逃げられる」という希望になる、という視点はかなり刺激になった。「会社」「東京」「日本」から逃げられるという次元のセーフティネット発想とは格が違う。他の惑星に逃げれば地球での出来事は無効になるのだ。

読み終わり、出したばかりの夏用シーツに寝落ちた。幸せな午睡だった。
起きてようやく日記を書き始める。いつもはツイートのように実況スタイルで書き足して行くから楽なのだけど夕方まで溜めると少し億劫になる。今日は本当に無理かと思われたがやはり書き出すと書けるから言語野は不思議だ。
自分でもこれでいいのかと思いつつ立て続けにコンテンツを通過する土曜となったが全てに共通していたのは「見ている世界が世界の本当の姿ではない」という示唆で、まあなんとなく繋がったから良しとする。土曜の過ごし方に良いも悪いも無いのだけれど。

夜は「コナン」を観ながら鍋。食後日記の続き。
明日のスーパーヒーロータイムは新ライダー登場回と追加戦士登場回が被っておりスーパースーパーヒーロータイムとなる。楽しみに眠ろう。

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