『おとなりに銀河』と幸せへの速度問題

 今年2023年中にアフタヌーン、good!アフタヌーン作品は合わせて7タイトル8作品のメディア化が決定しています。今企画準備中のものもあり、これが決定すると8タイトル9作品ものアニメ、ドラマ、映画が今年中に公開されます。お知らせするだけでも結構たいへん! 嬉しい悲鳴ってやつですね。

 7タイトル8作品のメディア化って不思議な言い回しをしています。どういうことかというと、雨隠ギドさん作『おとなりに銀河』がこの4月、ドラマとアニメが両方スタートするのです! これで1タイトル2作品のメディア化というわけです。

 ドラマ『おとなりに銀河』は、NHKで4月3日(月)放送開始。毎週月~木よる10時45分(各話15分)全32回。NHK夜ドラ枠で放送です。https://www.nhk.jp/p/ts/K116644256/

 この文章のアップが4月3日(月)当日になりそうで、要するに今日からです! お見逃しなく!

 アニメ『おとなりに銀河』は、TOKYO MX・BS11より4月8日より毎週土曜25時30分より放送開始。AT-Xは4月9日より毎週日曜22時00分より。毎週水曜29時30分と毎週日曜7時00分よりリピート放送。HTBは4月10日より毎週月曜26時25分より。
https://otonari-anime.com/

 僕は2015年よりアフタヌーンの編集長を務めていますが、それ以前、2008年にはgood!アフタヌーンを創刊し、それから6年間初代編集チーフとしてgood!アフタヌーンの編集長職をしておりました。雨隠ギドさんの前作『甘々と稲妻』は2013年good!アフタヌーン3号から連載開始。僕の娘がまだ1歳か2歳だった頃に『甘々』の1話目ネームを担当だったTから見せてもらい、その場で大泣きしました。初登場時5歳だったつむぎのお父さん、犬塚公平先生の気持ちが痛すぎるほどわかって、まったく他人に思えませんでした。『甘々と稲妻』がgood!アフタヌーンの連載ラインナップに入って定着した時、good!アフタヌーンという雑誌が「できた!」と強く感じたものです。

 それから7年。『おとなりに銀河』は2020年good!アフタヌーン5号から連載開始。『甘々と稲妻』の第1話と『おとなりに銀河』第1話を読み比べると、2つの作品の特徴と、作者・雨隠ギドさんの制作姿勢の違いがよくわかります。

 『甘々と稲妻』第1話では、妻に先立たれた犬塚先生が高校の先生をしながら一生懸命5歳の愛娘・つむぎを育てているのですが、食に疎いために料理や食事、食育だけおろそかになっていて、つむぎがテレビに映る料理を齧りつくように観ている様を見てそのことに気づきます。と、犬塚先生はつむぎを抱きかかえて、おいしいものを食べさせてくれそうな自らが知る唯一のお店へ懸命に走るのです。そう、必死に駆けるんです。

 一方、『おとなりに銀河』。第1話で主人公・久我一郎は、妹と弟を養うために亡き父が遺したアパートの管理人さんをする傍ら、徹夜を辞さずに漫画家稼業を行っています。ヒットには恵まれず、アップアップの状態。そんなとき急場しのぎにお願いしたアシスタントの五色しおりさんがやってきます。彼女には秘密があるのですが、その彼女が初めてやってくるとき、日傘をさして長い一本道をゆっくりと、でもしっかりと久我さんの家へ歩いてやってくるのです。

 どちらの作品も、幸せをいかにして摑むか、その姿を描いた作品です。『甘々と稲妻』では、幼い娘が幸せを求める生活の中心にいます。ちょっと目を離せば生命の危険すらある幼児を真ん中に据えた幸せの追求、そのためには全速力のスピードがときに必要となります。急ぐ必要があるのです。

 『おとなりに銀河』では、久我さんは父を失い、幼い姉弟を養育するためにすでに目一杯全速力でした。その彼が幸せを手にするためには、スピードを緩める必要があったのです。急ぎ過ぎて取りこぼしてきた多くのものを取り戻すために、ゆっくりと歩くことを覚える必要がありました。そのための使者が海の向こうから日傘を手にゆっくりと歩いてやってくるのです。

 幸せを形にするために求められる速度が、2つの作品の大きな違いです。ひとによって、またそのひとの人生の場面場面によって、相応しい速度が違ってくるのだろうと思います。同時に、僕も含めて多くの現代人が、今幸せを考えるときに必要なことは、速度を落としてゆっくりと歩いてみることのように思います。『おとなりに銀河』のドラマ、アニメ、そしてもちろん原作マンガをゆっくりと鑑賞することで、きっと幸せに近づく今最適な歩幅がわかるんじゃないかと思います。

 そう言えば、『甘々と稲妻』が始まった時に3歳だったうちの娘は、この4月で中学校に入学します。ほんのちょっと目を離しても心配ではない程度にはお陰様で成長してくれました。一人娘の誕生から12年。52歳になった中年親父の僕は今、公園で50m全力ダッシュを数本試みただけで、筋肉痛というよりは肉離れに近い激痛が向こう数週間続きます。これでいいんだきっと! 『おとなりに銀河』を読みながら、速度の出ない今の自分を前向きに肯定しています。