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私たちは生きていることで、互いに経験を貢献しあっている

実家の片付けを少しづつすすめています。
写真は20代の、私の知らない父と母。

私の実家は車で日帰りできる距離です。
幸い弟がそばに住んでいましたし、父を自宅で看取るまでに通った期間もほんのわずかでしたが、それでも「大変だな」と思うことがありました。
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夜間など、訪問看護師さんとヘルパーさんの隙間時間は家族の誰かが居なくてはならない。
となりの部屋でリモートワークしていても、介護でいつ席を立たなくてはならないか分からない。
会社員なら介護休暇も限られているし、自営なら働けないぶん収入がなくなる。
父ができなくなることと比例してやることはどんどん増えていく、これがいつまで続くか、と考えると不安になるし、離職を考えざるを得ないのも理解できました。
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介護保険のありがたさ、医療チームの連携に感謝しかありませんが、病院に入るにせよ施設に入るにせよ、金銭の負担は大きい。
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これが遠くに住んでいたり、家族や頼れる人がいなかったら...想像もできません。
母を病院で見送った時には分からなかったことがたくさんありました。
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福祉と、それにかかわる医療を見てきたつもりでも、ぜんぜん分かっていなかったなぁと、利用者さんとご家族を思い出しては申し訳ない気持ちになったり。
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歳を重ねるって、いろんなことを経験できるということなんだなぁと思います。
生きてることで、お互いに体験の貢献をしあってるんだと。
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父は余命告知を受けたとき「動けなくなった姿を孫に見せたくない」と言いました。
でも死を受け入れて、ありのままの姿を見せてくれたことが、私たちにとって最もかけがえのない贈り物でした。

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