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小説 ヒュプノスモマン 序章

2060年日本では予てから社会的問題になっていた精神病患者の推移は雪だるま式に増加し、40年前では医療機関受診者のみの統計でも100万人超だったものが、今や400万人を優に超えており国民病といっても過言ではない状態になってしまっている。この数字は受診者のみであり診療を受けていない潜伏患者はその数倍はいるだろうと推察される。

この傾向は世界的にも顕著で、世界各国がその対策のために研究をし、特にアメリカにおいてはイロ・マスクス氏が創始者であるニューリンク社が国の支援を得て研究を加速させ、元々最先端をいっていた脳に埋め込むデバイスである「ブレインチップ」の研究を派生させていき、精神疾患患者の脳にブレインチップを埋め込み、症状の緩和などに効果的な電気信号を送り込むことにより、病状を改善することができた成功例が出たことで、世界ではブレインチップの研究推進が図られ、各国の研究競争が熾烈になったことで、実用化までの道のりはみるみる加速していった。

ブレインチップによる精神疾患改善のプログラムは世界的に当たり前となったこの時代、精神病患者は医療機関で脳へのブレインチップ埋め込み手術による治療も抵抗なく行い、通常の薬の処方と同じようにブレインチップへの病状緩和アプローチである電子薬「エレクトメディシン」を、医師の処方箋さえあれば簡単に手に入れれることになったのである。

この科学と医学の進歩により世界的問題であった精神病への治療は飛躍的に進み、精神疾患による多くの問題は相当数改善され、この先もっと平和な世界になっていくと世界中の誰もが思っていた。裏社会の人間たちを除いては。

ブレインチップの手術が特別なものでは無くなっていくにつれて、本来の「精神病の治療目的」ではない、別の用途でのブレインチップの利用方法が産まれてきた。

特に精神疾患が無いにも関わらずブレインチップを脳に埋め込む者たちがでてきたのである。通常は医療機関での受診を経て医師が許可した場合によりチップ埋め込みの手術が行われるのであるが、闇医者と言われる違法なチップ埋め込み手術が闇で行なわれ始めた。その目的が「エレクトドラッグ」いわゆる電子麻薬の誕生によるものであった。

脳への電子信号によって症状を緩和する「エレクトメディシン」とは逆で、正常な脳にバグを産み出す電子信号を送り込むことで、一時的に精神異常をきたすようにし、興奮・高揚感などのトリップ状態を作り出すことができる「エレクトドラッグ」は世界的に広がりを見せるまではその存在が明らかになるまでかなりの時間がかかった。

エレクトドラッグの存在が明るみに出るきっかけになったのが、2047年にアメリカ合衆国ネバダ州ラスベガスで起こった無差別銃乱射事件である。

毎年行われるポーカーの世界大会WSOPが開催され賑わっていたラスベガスにおいて、一人の60歳の白人男性が会場の入り口から銃を乱射しながら入って行き、ポーカー大会が行われている最中の会場内に向けても無差別に発砲しまくった結果、84名の命が奪われ負傷者は1000人を超えるほどの大惨事となりポーカー会場は地獄絵図と化した。この事件は一人の男が起こした世界的にも類を見ない最悪の銃乱射無差別殺人事件となってしまった。

犯人は騒ぎが起こってから数分後に会場に到着した警察に即座に射殺され幕引きとなったため、犯人の動機などはわからないままになってしまい、犯人の知人などへの事情聴取では「とてもまじめな人だった」「いつも明るく挨拶してくれるから悪い人には見えなかった」など犯行前の人物像は優良な至って普通の人間だったという証言しか出てこず、捜査機関は当初は「薬物による錯乱状態」が原因での突発的犯行を疑い司法解剖を実施した。綿密な司法解剖を行ったにも関わらず犯人の体内からは「麻薬」に関する成分は全く発見されなかったため、捜査機関としては解剖結果に納得できず、犯人の遺体の調査をニューリンク社の経営する最先端の病院に移送し、医療と科学の両面からの解剖検査をお願いすることとした。

ニューリンク社の病院での検査結果は数日で捜査機関に送られてきて、その内容が「犯人の脳にはブレインチップが埋め込まれており、犯人の生前の受診記録を調べたが精神病での受診・通院・入院の記録は見つからず、ブレインチップ埋没手術の手術記録も当然見つからなかった。弊社の解剖検査結果としてはブレインチップを利用したなんらかの精神錯乱状態に陥った結果が有力とする見解である。」と記されていた。

この事件が世界的に大きく報道されたことにより、ブレインチップによる精神錯乱という恐ろしい可能性が拡散され、様々な機関によって調査研究対象になり、その結果「エレクトドラッグ」の存在が世に知られることになったのである。

エレクトドラッグの使用者はこの事件が世界中に報道されたことを皮切りに皮肉にも急増の一歩を辿るのである。

エレクトドラッグは前時代の通常の麻薬に比べて極めて発見が難しく、法律の制定にも時間がかかったために瞬く間に裏社会で拡散されることになり、法律ができエレクトドラッグの調査発見・検挙の方法が研究されはじめたころには世界中で蔓延するようになっていたのである。

ニューリンク社はブレインチップ研究製造の先駆者でトップ企業であり、ブレインチップを悪用したエレクトドラッグの出現は、ラスベガスの銃乱射事件の凄惨さの衝撃の大きさもあって、世界からニューリンク社への非難も多数寄せられたことにより、同社としても放置できない大問題と化したため、合衆国からの援助も受けエレクトドラッグに関する調査研究機関を設置し多額の資金を投入することとなった。

ニューリンク社の研究により「エレクトドラッグ」というものが可能であり、その製造にはかなりの最先端技術が使われていて、同社の研究機関と同等かそれ以上の巨大な組織が関わっているのではないかということが政府に報告されたのである。

この報告を受け合衆国捜査機関によるエレクトドラッグの調査が大々的に慣行され、徐々にその存在と蔓延している状況がわかってきて、合衆国としても早急に対策するべき由々しき事態であると認識された。

エレクトドラッグの使用者の逮捕者も出始め、使用者の証言から「パラジソス」という薬物が流通していることが判明し、その広がりは合衆国だけではなく世界へと波及していることもわかったが、末端の薬物使用者からの情報だけでは開発や製造に関しては全くわからず、その組織の規模も組織に関わる人物についても何ひとつわからないままであった。

ニューリンク社がある合衆国を筆頭に世界各国はこの問題に対して連携を強化し、「エレクトドラッグの撲滅」を掲げ組織とそのトップに君臨する人物の特定に必死になったが、その調査は難航したいした成果も無いまま時間だけが過ぎていったのである。

そんな状況の中エレクトドラッグは闇に潜む水面下を空気感染するウイルスが如く広がっていき、世界中の暗部に浸透していき、エレクトドラッグを中心とした闇の組織が闇の中で音もなく悍ましく蠢き地表にまで浸食しはじめるのであった。

「きづき!ご飯できてるわよ!」階段の下から隣近所にまで聞こえるくらいの大音量で呼ぶ声がしたが、ヘッドフォンを装着しパソコンの画面に集中していた僕の耳には届かなかった。階段を力強く登り部屋の扉をたたき割りそうな勢いでノックした後、「きづき寝てるの?ご飯できてるからね!」と少しイラっとした口調で言い放って大きくため息を吐きながら階段を下りて行った。

かすかに聞こえた母親の声に気づき「うん すぐいく」と答えながらヘッドフォンを外し、世界のニュースに関する記事を読んでいたパソコンの画面を閉じて部屋の扉を開けた。階段の下からスパイスの香りが鼻をくすぐり「今日は大好きなカレーだ」と嬉しくなってバタバタと大きな音を立てて階段を勢いよく駆け下りた。

この少年の名前は「歌枕きづき」 歌枕と書いて「かつらぎ」と読むので、初めてあった人からは必ず「うたまくら?珍しい苗字だね」と言われ「いえ かつらぎ って読みます」「へー!そう読むんだ!珍しいね」という問答を嫌と言うほど繰り返した苦い思い出しかない苗字の高校一年生である。

高校一年生といっても学校にはほとんどいっておらず、それどころか一日のほとんどの時間パソコンとにらめっこしている、世間一般で言う引きこもりの16歳である。きづきは中学生のころにクラスでいじめにあい学校が嫌いになったのだが、高校には一応進学してみたものの中学のころいじめていた生徒数名が同じ高校に進学したから状況はたいして変わらず、3か月ほど通学しただけでそれ以降学校に行かなくなった。

子供のころから人と興味がずれており、人間の三大欲求である食欲 性欲 睡眠欲 を持って生まれなかったのか、行動の原動力が知識欲求で未知のことがあると寝食を忘れどこまでも探求しないと気が済まない性格の持ち主であった。

大好きなカレーを2杯食べ満腹で幸福になったらすぐにさっき駆け下りてきた階段を一気に駆け上がり世界一落ち着く居場所に戻りヘッドフォンをし、いつものように一人ネットの海に泳ぎだした。

いつものようにネットで知的探求心を満たしているときだった、一通のメールが届いた。引きこもりの自分に届くメールはネットで知り合った人くらいで、様々な分野のマニア仲間からの発見や報告がほとんどだったが、この日届いたメールは全然違うものだった。中学生時代唯一仲良くしてくれたクラスメイトの信治からだった。

「たすけて」

 たった一言それだけのメールに、最初はイタズラか何かの間違いかと思ったが、信治はそんなくだらないイタズラをするタイプではないし、いつも明るく元気なやつだったから何か緊急事態が起こったのかと心配になってすぐに「どうした?何かあったのか?大丈夫か?」と返信した。数分後信治から返信が来た「大丈夫じゃないかも わからない たすけて」さすがになにかとても大変なことが信治の身に起ったことは理解できた。「とにかく落ち着いて 何があったか言える範囲で言って おれは信治の味方だから」また数分後返信がきた「ありがとう なにが起こったのかわからない おれ以外家族が死んだ」あまりに衝撃的な内容に驚くよりも思考がフリーズしてしまい、パソコンの画面の前でマウスを持ったままの体制で動けず固まってしまった。

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