229.最後の日②

会話が途切れたとき、彼の首元に顔をうずめると、ふと急に涙が出て止まらなくなってしまった。
あと少しでこの関係が終わってしまうことをまた思い出してしまった。
「なんで泣くんですか?」といつも通り聞いてくるけど、声にならない。彼だってわかってるはずだ。

やっぱり、終わりがハッキリ現実になると辛い。
近い将来に終わることはわかった上で付き合っていたけど、「もしかしたらまだ地元に帰らないかも」という淡い期待もあった。
定期異動の時期はいつもソワソワして、今回も異動なしとわかると「これであと数ヶ月は一緒にいられる」とホッとしていたのだ。

次の定期異動発表は3月だから、それまではどうなるかわからないと思ってたのに、異動はないとしても4月から家族と一緒に暮らすことは決定事項になっていて、もう3ヶ月以内に確実に環境が変わってしまう。

彼も「なかなか会うのは難しいでしょうね」と言って、家族と一緒に暮らしてからも、なんとか会おうと努力する前向きな発言はいっさいなかった。
怖くてハッキリ聞けなかった。あなたはどうしたいの?って聞いたって、こちらが欲しい言葉は貰えない気がして。

確実に訪れる"最後の日"をどう過ごしたらいいのかと、その日が来るのがとても怖い。
どう過ごしたらいいのかわからない。
じゃあ、今日で最後にしますか?なんて言ってくる。もちろん冗談だろうけど、彼はなんとも思わないのか。
「最後の日、何しましょうかね?」と軽いノリで聞かれても、答えられなかった。
いつを最後にするのか。その決断すら本当にできるかわからない。

私が白黒つけようとしていると、「決めないで、自然消滅でいいんじゃないですか」と言う。
彼も別れたいとは思ってない。でも頑張って続ける気もないということか。
要するに、どっちでもいいっていうそのくらいの感情なのかも。

私はいつ会えるかわからない、もう会えないかもしれない相手に連絡を取り続けるのは精神的にキツいと思う。彼のことが好きだからなおさら辛い。
でも「連絡をいっさい取らない!」と頑なになるのではなく、会わずにいれば気持ちも落ち着いて自然に連絡を取らなくなりそのまま忘れていく、というほうが楽なのかもと思ったり。私はどんなに熱中している趣味でも、何かがきっかけでやらなくなると、「やらな癖」になっていつの間にか完全にやめているというのはよくある。

彼は、まだ先のことだから今は考えなくていいんじゃないかっていうけど、もう3ヶ月もない。3月は引越しで忙しいだろうし、もし家族を呼ぶとなったら色々手続きもあるだろう。

あと何回会えるかわからないけど、毎回毎回終わりを意識して泣いて過ごすのはもったいない。一緒にいるときはその時を楽しめればいいけど、どうしても終わりになることを思い出して暗い気持ちになりそうだ。

駅までの帰り道、繋いだ手を彼は自分のダウンのポケットに入れてくれた。
外は寒いけど、右手は暖かい。

彼はあんまり感情を出さないというか、そもそも何も感じていないのか。あまりにも淡々とし過ぎてるところがある。そういうところに私が不安になったり不満に思ったりするところはある。
"僕は別れたくない!"とかそんなふうに感情的になることもないんですね、とからかうと、
「別れたくない!とか言ってほしいですか?」
いや、やっぱりそれはなんか女々しくて嫌かも。
「失って初めてわかるかもしれないですけどね」と彼は言うけど、私は失う前から容易に想像ができる。

駅の改札で別れたあとも、何度かメールのやりとりをしてた。
「最後の日は笑いましょう」って書いてあって、笑えるわけないじゃん!とまた電車の中で泣いてしまった。

「もし私が関係を続けたいと言ったらどうしますか?」という問うと、朝になって返ってきた。
「関係を続けたいー。。。お断りします!」
「どうなるかわかんないしー。今考えてもですよ」
と。
もし私が望んだとしてもお断りかぁ、ひどいなぁ。

「終わるとか、別れるとか、元々ゴールのない関係ですからね。未だどんな形になるかわからないので、その時に考えましょう」
「断る!」だけではなく、そうあとから付け加えられていた。

確かになるようにしかならないと思う。
でも私は、彼が家族と暮らすと聞いた年末以降、ずっと不眠で、睡眠導入剤をいつもの倍量飲んでも寝付けないほどにダメージを受けている。

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