1990年代の魔女。

うだるような暑さが残っていてけだるい日々のままなので、私としてはまだ夏なんて終わっちゃいないし終わってくれないんだと思っているけれども。

実情は別として、月別のカレンダーの上では #平成最後の夏  が終わろうとしている。

平成に生まれ平成の中で義務教育も高等教育も就活も初めての職場をも過ごしてきた。そんな私にとって平成が終わってしまえばきっと、とても大事な区切りになるだろうと感じているが、しかし毎日を生きている間にはなかなか実感しがたく、そもそも元号が変わる瞬間に未だ立ち会ったことがないせいか、なんともピンと来ずにいる。

ちなみに夏どころか春から無職であった。

数年、新卒で入って一つの企業に勤め続けた。
残念なことにいつかは辞めようと一年目から既に思っていたので辞めるのは構わなかったのだが、数年の間に自分では気付かないほどに疲弊していたようで、辞めてみたらサクッと次を探せるかと思いきや何をする気力もなく3カ月ほど転職活動せずにいた。
正確に言うなら出来ずにいた。
辞めてすぐの頃にガクッと体調を崩してしまったが、それが治ればフラットな自分になるかと思ってた。そこからやればいいだろう。急いで生きてきたから少しぐらいゆっくりしてもいいだろう。そう思ってたがいつまでも治った状態になれない。ほぼ引きこもりみたいな状態になった。ここで気付いた。あぁ、私は自分の限界を見誤った、と。はっきりいって舐めてた。

そもそも戻るべき「フラットな自分」はがっくしと地の底に落とされていて、這い上がるべき岸が見つからない漂流者になっていた。

無職になったらあれこれできる、時間がある、辞める前に漠然とそう考えていたはずだったのだけど、それを実行する気力は尽きていたし、気力を回復させるためのコマンドを実行する気力がなかった。
服を買いに行く為の服がねぇ。みたいな。
そもそも漠然としか考えられない時点で「とにかく今よりは時間が出来るだろう」という希望に縋って辞める日までを必死に働き続けるリビングデッド状態だったんだろう。もうお疲れだったんだろう。それに気付かずに辞めたら元気パロメータが充填されると勘違いをした。
時間を有効的に使う、というのは「頭脳を駆使して計画的に動かないと」できなくて、頭脳に駆使されるだけの余力がなかったし駆使する側にもなかった。
放り出されてみれば、疲れ切った頭では漠然としすぎた希望に具体性を持たせるだけの力すら残ってなかった。

それでも何とか「回復」コマンドを実行しなければ元気は尽きてなくなっていくのが目に見えていた。
だから、今の頭脳で思いつける中で今の自分に実行可能な限りの、「回復」に属しそうなコマンドを打ち込み続けた。
やってみたかったゲームを朝も夜もなくやってみたり作ろうと思っていた作品を実際に形にしたり。
やろう、と考えるだけでも力をつかっていて実行には至らない日もあったが、そのうちにぽつぽつとあれもしてみようかこれも試してみようかと新しいことが出来るようになった頃、それとついでに目に付いた転職サイトに登録したりして、私の住む地域はもう、真夏になっていた。
春はいつの間にかバカンスに行っていて、担当は夏に変わっていたのだ。
ずるい奴め春よ、私も楽園へ連れて行ってくれれば、なんて思うけど春に対して会いに行かなかったのは自分だった。さよならまた来年ねというしかない。
ちなみに転職活動やってみたら運が良かったようで何か所か受かった。
秋からは新しいところで働くことになったのだ。
秋生まれだから私に対して優しいのだろうか、秋は。
冬だけがまだポーカーフェイスで順番を待っている。

振りかえってダイジェストにするなら「平成最後の夏に新しいことに挑戦できた」となるかもしれない。
けれど、気持ちの面では「つらい何かよくわからない気持ちの海を泳ぎ続けていたら知らない間に浜に打ち上げられたらしい」というのが正確だ。
それでも。
夏が終わる前に海から出てよかったのではないだろうか。
そりゃ本当なら元気よく自分の手で波間を泳いで砂浜に足を立たせるべきだろうが、秋の海は冷たくて弱った体では泳げないと思うので、別に偶然で転がり出ただけでも良いと思うのだ。
出たことに関しては。
でも水から出たばかりは体が濡れたままで、今から気温も冷えていくだろうから、さっさと乾かさなければいけない。
自分で焚き火を起こす元気があるかも分からない。
これから、やってみるしかない。
まるで煮えた鉄鍋の中に放り込まれて呪文一つで別の物に変性するように、魔女の大鍋のように、私を簡単に元に戻してくれるものはなにもなかったのだから。
大体、魔女の鍋だって着火してかき混ぜる努力がなければただの鍋だ。
火打石を使えるだけの、木べらで中身をかき回すだけの気力は常に残して生きていった方がいい。
自分の鍋を放り出してまでどっかの鍋を混ぜてみたところで代わりに自分の鍋に木べらを突っ込んでくれる人がいるとは限らない。
いればいいけれど、いない時にはつらいから。

でもこれ元気になったと言うより泳ぎ始めがゾンビだっただけで海の栄養素がたまたま吸着されて組織が再生されてきただけな気がするので次になんかあったら迷わずに温水プールに浮輪装備してから飛び込む自分になりたいとここに誓う。

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