シンギュラリティーシェリフがほしい


ほしい

半年前くらいのメモを見返したら
「お絵描きがAIに代替されるのであれば、絵を描く行為と僕がゲームを遊ぶことの間に、もはや違いはないのかもしれない」
みたいなことが書いてあって、中々良い事を言うなってなった。
シンギュラリティの到来が近いのか遠いのかは僕の知るところではないが、出力結果が有意味な物がAIに代替されるのだと仮定した場合、人間から発生する全ての出力における有意味と無意味の差は著しく縮まるわけで、将来的には僕が人生の限りある時間を浪費してチェンバーのオペレーターにキレ散らかしているこの瞬間の価値は相対的に上がるのかもしれない。
それならば、なんの技術を習得する努力も必要ないわけで、ただ釈迦配信を垂れ流しながら相手のヘッドラインにシェリフを合わせていようと考えたあたりで、初めてノストラダムスの大予言を信じていた人達の気持ちが分かった。
いつだって人はパワーバランスのリセットを願って、惰眠を貪りたい生き物なのである。

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