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ジブリの「常識の範囲」とは

冒険家の皆さん、今日もラクダに揺られて灼熱の砂漠を横断していますか?

さて、4日ほど前にスタジオジブリの「常識の範囲で」自由に使えるアニメの画像がさらに5作品ぶん共有され、現在950枚のジブリの静止画像を常識の範囲で使えるようになっています。

「今月から、スタジオジブリ作品の場面写真の提供を開始します
http://www.ghibli.jp/info/013344/」

この「常識の範囲」という言葉は、共有しているジブリ側が使っている言葉なので、どこまでが認められるのかがちょっと分からないという不安があると思います。 それで今日はどこまでが常識の範囲と僕が考えているかを書いておきたいと思います。

【常識ではない二つのこと】

端的に言うと二つだけやってはいけない事があって、それ以外は何でもありだと思っています。

一つは作品への冒涜です。例えばジブリ作品はいろいろなメッセージを伝えていますが、そのメッセージに真っ向から矛盾するような内容のポスターに使うのは僕は常識の範囲だとは思いません。 ポルノとかへの利用もそうですよね。

二つ目はジブリに経済的な損失を与えるような使い方です。

例えばこれらの画像を使って絵本を作り、ストーリーも分かるようにリライトして多読用の教材を作ったとします。これはこちらの正式な絵本の販売を脅かしてしまう可能性があります。


この場合はもちろんそうした教材を作らずに、この絵本を購入して多読用に使えばいいのではないかと思います。

T シャツなどにプリントしてしまうのも、著作権料を払って許諾を得て作っているメーカーがあるように思いますから、これらの公開された画像を使うべきではないと思います。言うまでもありませんが、勝手に T シャツなどを作ってしまうと、こうした正式に販売している T シャツの売り上げが落ちてしまって、そのぶんの著作権料をジブリが受け取れなくなってしまうからです。もちろん一枚ごとにジブリが著作権料をもらっているとは思いませんが、売れなくなってしまうことにより、こうした事業に参入するメーカーが減り、結果的にジブリは経済的な損失を受けてしまうでしょう。

つまり、競合する正式な商品があるかどうかということが重要なのではないかと思います。

その点、多読用の教材としては競合するものがあると思いますが、例えばひらがななどの文字導入とか、文型シラバスとか行動中心アプローチによる日本語の教科書としては、ジブリの作品を応用したものがありません。少なくとも現時点ではないように僕は認識しています。こうした教材ならどんどん現場で作ってしまっても良いのではないかと思っています。それがジブリの作品の広報になって、経済的な利益をもたらすことになるからです。

【会話の授業なら】

こうした画像の利用方法として、一番簡単に思いつくのは「再話」というスタイルの会話の授業です。すでに視聴済みの映画のストーリーを授業で話すのです。 その時にこうした画像があると非常に話がしやすいのではないかと思います。

あるいは、正式版を視聴することを宿題として義務付けておいて、教師はそれを見ないで授業に参加し、これらの画像見ながら学習者に説明を求めるようなスタイルもたくさんの会話の生まれる授業になるのではないかと思います。

【文型シラバスなら】

文型シラバスの授業の場合は、ちょっと面倒くさいですが一つの映画を選んで、文字起こしをしておきます。そして該当する文型でそのスクリプトを検索するのです。こうした作業をしたことがある人はみんなご存じだと思いますが、実は初級の前半の例文はほぼこうした映画で網羅できます。逆に2時間ぐらい話していて一度も出てこないような文型は初級前半では教える必要がないかもしれません。

そしてその文型の導入の際に、その文型の含まれる台詞を引用するのです。セリフは今回ジブリによって正式に公開された資料の中には含まれていませんが、文型シラバスの授業でその文型の使われているセリフを引用するのは、 著作権法第32条の「引用の目的上正当な範囲内」であると僕は認識しています。詳しくはこちらをご覧ください。
https://www.cric.or.jp/db/domestic/a1_index.html#032

そしてこの引用の際に、「この場面で言っていましたよね」と画像を使えばいいのです。 もちろん、ちょうど同じ場面での画像がなかったら「この場面の後で」などと言えばいいと思います。

先ほど「一つの映画を選んで」と書きましたが、このように映画を選ぶことにより、学習者に前もって「今学期はこの映画からたくさん引用するので見ておいてください」などと事前に周知しておくと良いでしょう。

【本命はCBI】

しかしこうしたアニメなどを利用した日本語教育の本命は「CBI」と呼ばれるものです。これは「Content-Based Instruction」と言って、行動中心アプローチでもなく文型シラバスでもなく、特定の作品を元にした教え方です。 多読などもその一つに入るでしょう。一つの作品をもとに、その作品に出てくる単語や文法を学んでいくのです。もちろん最初は長くて難しいセリフは分かりませんから、一周目は初級前半ぐらいに限定しながら教えて、2週目は初級後半ぐらいにフォーカスを当てて教えるというような使い方もできます。

僕はこのブログでは最近はCBLLという書き方をしていることが多いですが、 これは特に教師に指導されるのではなく自律的に学ぶ時には、 やはり「Instruction」ではないから「CBI」という言い方は避けているのです。しかし基本的にコンテンツをベースにして勉強するという意味では同じですね。

最初にご紹介した再話の授業スタイルも CBI を中心にしたカリキュラムでは相性がいいでしょう。

実際の授業では、まず最初に事前に指定した範囲の映画を見てきたかどうかを確認して、その後、その範囲に出てくる学習者のレベルに合った文法や語彙などを教えて行きます。 もう少し自律性の高い授業ができる場合は、「見てきた動画の中で新しく覚えた表現は何ですか」というような質問をして学習者に発表してもらうのもいいでしょう。

【営利団体も使っていいと思います】

実は非営利団体である教育機関などではこうしたことはもともと著作権法第35条の「学校その他の教育機関における複製等」として、ある程度の範囲内では可能でした。詳しくはこちらをご覧ください。
https://www.cric.or.jp/db/domestic/a1_index.html#035

ジブリが発表する以前から、法律の範囲内で教育機関がジブリ作品の画像なども無断で使うことができたわけですから、今回のジブリの発表はそれを上回る利用も可能になったと考えることが妥当です。

これまで日本の著作権法で一番大きな問題になっていたのは、日本語学校でよくある「株式会社が運営母体になっている場合」です。というのも株式会社が運営している日本語学校の場合は営利団体になってしまうので、著作権法第35条による複製は許されないからです。

今回のジブリの共有により、営利団体である日本語学校も、今回僕があげた二つの条件内では自由にこれらの画像を利用しても良いのではないかと僕は認識しています。もう一度書きますが、その条件とは、「元の作品を冒涜しない」ということと、「ジブリの経済的な利益を侵害しない」ということです。

授業でこうした画像を扱うことは、ジブリにとっては日本語学校が無料でその作品の宣伝をしてくれているということになります。多くの日本語学校が授業中にこうした画像を使えば、間違いなくそれはジブリの DVD などの売上の増加につながるでしょう。そうした意味でも営利団体の日本語学校もジブリに遠慮することなくどんどん使っていけば良いのではないかと思います。

そして冒険は続く。

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【参考資料】
使える18作品のリスト
http://www.ghibli.jp/info/013381/

「ファン活動としての二次創作を許容しなければならない空気感と文化を破壊したい」
https://anond.hatelabo.jp/20201122184253

むらログ: CBI(Content-based Instrinction)が今後普及する三つの理由 http://mongolia.seesaa.net/article/147211371.html

むらログ: CBIの理論的背景など http://mongolia.seesaa.net/article/147475564.html

むらログ: CBIの実施方法まとめ http://mongolia.seesaa.net/article/398367340.html


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