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Advanced Squad Leader (ASL) 勝利への道:コラム ― 実際のところ、ウォーゲームのルール和訳にAI翻訳はどれだけ使えるの?

最小努力の法則。

行動経済学の難しい用語を使えば「認知容易性のバイアス」。

人は、より少ない努力・労力で済むことを好む生き物という意味です。

機械文明がここまで発展して、ついにAIまで登場したのも、ひとえにできるだけラクしたいという人間の本性の表れにほかなりません。

自分はAIへの関心は低いですが、例外的に興味を持っているのがAI翻訳です。

ウォーゲームは、英語圏生まれの作品が圧倒的に多く、日本語版となるのはごく一部なので、英語力は必須。

自分が学校を出てから、英語を再学習し始めたのは25年前ですが、業務上の必要だけでなく、海外のPCゲームやウォーゲームをプレイするためというモチベーションがありました。

でも、「近いうちに優秀な翻訳ソフトが出てきて、英語を改めて勉強する必要はなくなるのではないか」という希望的観測がときどき脳裏をよぎり、勉学に身が入りません。

もっとも、そんな夢のような翻訳ソフトは一向にあらわれる気配はなく、それで中途半端な英語力だけを身につけて今に至るわけです。

まさに、最小努力の法則の生ける体現者ですが、AIのパワーを活用した優秀な翻訳ツールがついに出てきて、ハッピーな気分になりました。

もう、「まったくお金にならないことに、尋常とは言えない労力と時間をつぎこむ必要はもうない。日本の全ウォーゲーマーは、各自英文ルールのPDFファイルをAI翻訳ツールに流し込めばOK」だと思ったのですね。

実際のところどうなのかは、検証しないままでした。

でも、ウルトラヘビーな「Fighting Wings」の和訳に着手して、本人が実地検証することになりました。

先に結論言っちゃいますと、AI翻訳ツールの実力は、

「パラグラフにもよるけど、そのまま使える訳文は1~3割くらい。でも、だいたいこんなことは書いているのだろうと大意はつかめる」

です。

具体例で見てみましょう。AI翻訳ツールは何種類か出ていますが、「DeepL」と「Readable」を使いました。

確認したところ、訳文のこなれ具合は「DeepL」が少し上、PDFレイアウトの忠実性(崩れずに和訳)は「Readable」が圧倒的に上です。ただ、自分は、最終的にWordファイルとしてアウトプットするので、PDFファイルのレイアウトがしっかりしているかどうかは重要ではありません。「DeepL」のみで作業を着手しました。

では、具体例に移りますが、下は原文の一部です。

CHAPTER 2 — READING A/C DATA CARDS
To fly an aircraft (A/C) in the game, players must be able to read its aircraft data card (ADC) and apply the information in it to the game's flight Rules. Take any ADC in the game and refer to it while reading the rest of this chapter. Later Rules amplify how to use the various sections of the ADC. See Rules Supplement One for additional ADC use examples.
2.1 — A/C DATA CARD FORMAT
Each ADC is divided into six sections:
(A) General Data (upper left): This contains a synopsis of the A/C type, purpose, speed, ceiling and other game data, such as defense strength, damage ratings and protection modifiers. A list of available air-to-ground weapons stations and their weight, load and stores limits may also be given.
(B) Three-View (upper right): This part shows a 3-view of the A/C, lists its country of manufacture, approximate combat service entry date, agility class and victory point values.
(C) Aircraft Performance Chart (center middle): An A/C's minimum and maximum level speed, maximum safe dive speed, and minimum maneuver speeds are listed in terms of flight points for each altitude band. Also listed is an average rate of climb (ROC) in feet per minute (FPM) for use at the Tactical scale.
(D) Power versus Speed Chart (middle right): This area lists the maximum acceleration points an A/C’s engine(s) can produce in each listed speed range and altitude band. The number of flight points that must be expended before an angle of bank change or side slip maneuver can be completed is also listed by speed ranges immediately under the power chart.
(E) Notes and Variants (lower right): Additional details applicable to an A/C or its variants are listed here. For defensive weapon groups, fields of fire are also listed (Chapter 10).
(F) Fire Power Chart (lower left): The upper area lists the A/C’s armament in groups of similar weapons.

以下は「DeepL」の訳文です。

第2章 航空機データカードを読む
ゲーム内で航空機(A/C)を操縦するには、プレイヤーはその航空機データカード(ADC)を読み、その中の情報をゲームの飛行ルールに適用できなければならない。ゲーム中のADCを手に取り、この章の残りを読みながら参照する。この後のルールでは、ADC の様々なセクションの使い方が説明される。その他のADCの使用例についてはルール補足1を参照のこと。
2.1 - A/Cデータカードのフォーマット
各 ADC は 6 つのセクションに分かれている:
(A) 一般データ(左上): (A)一般データ(左上):A/C のタイプ、目的、速度、天井、および防御力、ダメージレ ート、防御修正などのゲームデータの概要が記載されている。利用可能な空対地兵器ステーションのリストと、その重量、積載量、貯蔵量の制限も記載されることがある。
(B) スリービュー(右上): 機体の3Dビュー、製造国、おおよその就役日、敏捷性クラス、勝利ポイントなどが記載されている。
(C) 航空機性能表(中央中央): 各高度帯の最低・最高水平速度、最高安全急降下速度、最低操縦速度が飛行ポイントで記載されている。また、Tacticalスケールで使用するための平均上昇率(ROC)がフィート毎分(FPM)で記載されている。
(D) 出力対速度チャート(右中): 各速度帯と高度帯で、その旅客機のエンジンが出せる最大加速ポイントが記載されている。また、バンク角の変更やサイドスリップの操作を完了するまでに消費しなければならない飛行ポイントの数も、パワーチャートのすぐ下に速度帯別に記載されている。
(E) 注意事項とバリエーション(右下): A/Cまたはそのバリエーションに適用される追加の詳細がここに記載されている。防御兵器群については、射界も記載されている(第10章)。
(F) 火力表(左下): 上段にはA/Cの兵装が類似兵装群ごとに記載されている。

ざっと早読みする限りでは、「なかなか良く出来た訳文じゃん」と思いますよね。

でも、じゃあこれでゲームをプレイしたいか、対戦相手に読ませたいかといえば、残念ながら「No」です。

時間つぶしに開いた海外ニュースサイトのゴシップ欄のような、流し読みOKなコンテンツであれば、このクオリティで十分合格点かもしれません。

しかし、ゲームの場合、ルールの内容を、しっかり把握しておくことは絶対に不可欠。

記憶の妨害になりそうな悪文はNGだし、誤訳の存在や用語の統一性のなさはもってのほかです。

その視点で見れば、上の訳文は少々難ありです。

「天井」「旅客機」のようなぱっと見て誤訳とわかるもの、「防御力」のように一見正しい訳に思えて原文と対照すると誤訳に近いもの(これは結構くせ者)、「パワー」のようにより適切な訳語があると判断できるもの、などなど。また、「バリエーション→派生型かな」と、軍事用語の適訳が思い付きそうなものもあります。

くわえて、「プレイヤー」のように、自分的には省略していい主語も律儀に訳していますが、これは仕方ない面もあります。人によっては、ナシにすると訳抜けと思う可能性があるからです。

それらを、英文を見ながら一つずつバスターしていくのは結構大変。パラグラフによっては、「自分でゼロから翻訳した方が早い」と思うものも少なくはありません。上で取り上げた具体例は、比較的よくできているほうです。

ちょっと辛口評価が続いてしまいましたが、これはやむを得ない面もあります。人工知能とは言っても所詮は、人類がインターネットを普及させて以来積み上げてきた情報を、超巨大なデータバンクに放り込んで、必要な内容を(適宜アレンジしながら)取り出しているだけですから。

ウォーゲームの英文・和訳ルールに関する対訳情報なんて、インターネットの大海の一滴しかなく、それだけをベースにディープラーニングをしたところで、アウトプットは限界があるでしょう。

その点を考慮すれば、訳文は健闘している方だと思います。とは言っても、あくまでも使えるのは断片化された1~3割なので、ほぼ訳し直し&書き直しになりますが……

ただ、書かれていることが大雑把に理解できるというのは、一昔前の翻訳ソフトに比べたら長足の進歩です。

これができているのといないのとでは、作業のはかどり具合が断然違います。下手な譬えで言うなら、港まであと数海里のところで、乗っていた船がUボートの雷撃を受けて撃沈。自分は暗い波間にプカプカ浮いているのですが、海面には捕まっていられる木材やら何やらがあって、それらの助けを得ながら岸辺にたどり着けるというのが、AI翻訳ツールが普及した今の状態。なんにもなくて、全て自力で岸辺まで遠泳していかなきゃならないのが、かつての状態でした。

このぐらいの違いがあります。

そして、AI翻訳ツールは日進月歩なので、どんどん改良されていくはずです。

あと一つ思うのは、中途半端とはいえ英語を勉強して、本当によかったということ。また、語彙力や文章力をつけるため、相当な冊数の翻訳小説、ノンフィクション、歴史書を読んだのが、地味に役立っているということです。文法的な面は、AI翻訳ツールのほうが上手でしょうが、「この単語はウォーゲームの文脈ではこう訳す」という暗黙知的なものは、当面は人間にはかなわないでしょう。

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