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日本の秋をいろどる驚異の色彩美

花ごよみ by Ocarina ③ 「紅葉」


日本映画を代表する小津安二郎の『秋刀魚の味』。妻に先立たれた初老の父親(笠智衆)と婚期を迎えた娘(岩下志摩)との関わりを描いた遺作ですが、映画の終わり近くでお嫁入りのシーンがあります。

秋晴れの日、実家を出て行く花嫁と見守る父親。そのとき、近くの学校から「秋の夕陽に 照る山紅葉~」と生徒たちの合唱の声が流れてきます。

めでたく婚礼の運びとなった喜びよりも娘を手放すさびしさが…。「紅葉」の合唱の声は、晩秋の父親の心象風景をみごとに表していました。

秋が深まるとつい口ずさんでしまう「紅葉」は、数々の傑作唱歌を生んだ高野辰之・岡野貞一のコンビによる作品。明治44年(1911)、小学校2年生用の文部省唱歌として『尋常小学唱歌(二)』に発表されました。

遠い昔に小学校で習い、二部合唱の楽しさを知った懐かしい歌です。歌詞に描かれている風景は、作詞者の高野辰之が故郷・長野へ帰るとき、碓氷峠にある信越本線熊ノ平駅から眺めた紅葉の美しさといわれています。

「もみじ」は特定の植物の名前ではなく、秋になると紅葉・黄葉する植物をまとめて呼ぶ総称です。歌詞に出てくるヤマモミジ、カエデ、ツタのほかにもさまざまな種類があります。

秋の野山を染め上げる色彩美──赤・オレンジ・黄色・褐色のみごとなグラデーションは「日本人でよかった~」と思う錦秋(きんしゅう) です。

短いなかでこれほど日本の自然の美しさを描写した歌はないでしょう。唱歌は「西洋音楽という分母の上に日本語の詩をのせた曲」ですから、子供にとって歌うことがそのまま情操教育になります。

親子で一緒に歌えるのも魅力。子供が小さければハイキングのときに、高齢となった親が寝たきりになったら耳元で、一緒に口ずさんであげましょう。

童謡や唱歌に込められた懐かしさは、現実社会の荒波に揉まれ、ささくれだった私たちに「心が帰る場所」を思い出させてくれます。ちなみに、イロハモミジにも花言葉があり、そのひとつが「大切な想い出」です。

(もりたあいかさんのオカリナ「紅葉」)

さて、日本はまれにみる四季のメリハリのよい国ですが、それは春夏秋冬をつかさどる女神がるからです。

秋を担当するのは「竜田姫(たつたひめ) 」。奈良県生駒郡三郷町にある、竜田神社に祀られている女神さまです。彼女は染色と裁縫が特技とされ、秋の野を駆け回るように染め上げる「錦秋の女神」として親しまれています。

竜田神社の周辺はいまも紅葉の名所が多く、付近を流れる竜田川には落ち葉となってしまった色とりどりの紅葉を見ることができるでしょう。

野山だけでなく、寺院や神社、古民家といった和風建築と調和する情緒的な趣も日本ならではの紅葉の魅力です。紅葉を目当てにやってくる外国人観光客も多く、貴重な観光資源にもなっています。

いろんな意味で楽しみな紅葉は、10月下旬から12月初旬にかけてが見ごろ。そして、紅葉が終わると日本は本格的な冬に入ります。

(「花ごよみ by Ocarina 」は月1回掲載)

秋の夕陽に照る山紅葉 濃いも薄いも数ある中に

「紅葉」 作詞・高野辰之、作曲・岡野貞一 明治44年(1911)

秋の夕陽に照る山紅葉(やまもみじ)
濃いも薄いも数ある中に
松をいろどる楓(かえで)や蔦(つた)は
山のふもとの裾模様(すそもよう)

渓(たに)の流れに散り浮く紅葉
波にゆられて離れて寄って
赤や黄色の色様々に
水の上にも織る錦

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