ここに死が終わり海が始まる

死ぬことは失敗する。

首都の都心部に生まれ育った自分にとって、海は決して身近なものではなかった。本物を見る機会が全く無かった訳ではないと思うが、きっと自分の持つ印象の半分は都内の人工海岸が担っていたのだろう。こうして実際に目の当たりにすると、風に乗って鼻腔を刺激する濃い潮の香りも、吹き付ける風に混じる浜辺の砂も、決して心地よいものではなかった。
何より、視界の端から端までを埋める海という存在は、自分にとって容易に死を連想させた。
一歩でも海に向けて踏み出してしまえば、すぐさま波濤が全身を飲み込み、呼吸の自由を容易に奪い、苦しみの末に冷たくて暗い世界へと招かれる、そういう印象が頭から離れなかった。
一度そう考えてしまうと、まつわるもの全てがそのために在るように思えた。学校教育のカリキュラムで子どもに泳ぎを教えるのは単純に、そうしなければ簡単に人が死んでしまうから。海のある街に住む人は皆、いつか訪れる自分の死を受け入れているからだ、と。
この海岸での遊泳が禁止されている訳でも、その日が特別天候の悪い日だった訳でもなく。自分が泳ぐのが苦手な訳でも、身近な人を水難で失った訳でもない。それでも、海を見ている間、ずっと死というもののことを考えていた。
海は傍らに横たわる巨大な死だった。

いつ雨が降り出してもおかしくないほどに分厚い雲が、頭上を千切れながら流れていく。
潮風が吹き付ける砂浜を、整えられていない髪を風にまかせるままにして、ただまっすぐ歩いてゆく、一人の女の子とすれ違った。
初めて遭ったときに彼女がどんな表情をしていたかは、もう思い出せない。
身体より少しだけ大きい、白いワンピースがはためく。その下の身体に、足や腕に浮かぶ、肌を這うミミズのような模様を、傷痕を視た。
女の子はまるで海と死でできているように思えた。

私は失敗した。

(続く)


サポートしていただけると、ありがたい気持ちでブックオフに行くことができます