機雷は嫌い
タイトルは日本海軍の機雷潜水艦(伊号第21潜水艦型)は機雷敷設作業中、潜航状態で低速航行をする必要があり、敷設したばかりの機雷の方に押し流されそうになることがあって操船が難しく乗組員から「嫌いな潜水艦だ」と洒落混じりに愚痴を言われたという故事に由来しております。けしてワタクシの考えたものではありませんので。
それはさておき、機雷という兵器は実戦で使用されるようになってからすでに1世紀半を超える歴史をもちながら今なお進化を遂げて使われ続けている稀有な兵器です。現在進行中のロシアによるウクライナ侵略においても国籍不明の浮遊機雷が出現したと報じられ、いまだ有効な兵器であることを皮肉な形で示しています。
しかしこういう機会でもなければ注目を浴びることが少ない地味な兵器であることもまた事実で、上記の報道においても首を傾げるような記述がまま見られました。そこで機雷の基本的な構造、運用、対処法などを簡単にまとめてみようと思います。
機雷とは
機雷は、水中に敷設して船舶が接触あるいは接近すると起爆し目標に損害を与える兵器である。いったん敷設されると通常移動することはなく、目標の方から近づいてくることを待つ受動的な兵器だが、その反面で長期間人手を要しない状態で機能し続けるため待ち伏せや防衛に適している。また船舶の水線下部に損傷を与えられることから、目標を沈没に至らしめることも多く、負担が小さい割には大きな戦果が期待できるコストパフォーマンスが高い兵器とも言われる。
機雷の分類
機雷は敷設形態により浮遊機雷(または浮流機雷)、係維機雷、沈底機雷に分類される。浮遊機雷は固定されず水面上を浮遊するもので、使用は基本的に国際法で禁じられている(ごく短時間のみ許される)。係維機雷は水底の錘と本体を索で繋ぎ水面下に固定するものである。沈底機雷は水底に敷設する。
また起爆方式により管制機雷、触発機雷、感応機雷に分類される。管制機雷は陸上など外部からの信号で起爆するもので主に港湾防御などに用いられる。触発機雷は船舶が接触すると起爆する。感応機雷は船舶の接近を感知すると起爆するもので、感知手段としては音響、磁気、水圧が用いられる。
触発係維機雷
もっとも一般的なもので古くから存在した。機雷本体である缶体、係維索、錘からなっている。敷設する船上から水中に投下されると錘と缶体が分離して、錘は水底まで沈み、缶体は水面に浮上する。錘と缶体は係維索でつながっており、缶体をあらかじめ設定されていた深度(たとえば10m)に固定する。
缶体内部には浮力を得るための気室と炸薬があり、缶体から飛び出す突起(触角)に船舶が触れると雷管が発火して炸薬が起爆する。
もっぱら防御的にもちいられ、港湾付近や海峡部、航路近傍に敷設することで敵性艦船の侵入を抑止する。意図的に危険な水域を設けることで安全水域を限定し、警備能力を集中させることができる。第一次大戦ではイギリスが北海北部に大規模な機雷堰をもうけて潜水艦を含むドイツ艦船の外海への逸出を阻止しようとした。
沈底感応機雷
感応機雷は船舶が直接接触しなくても接近するだけで推進器が発する騒音、鉄製の船体が地磁気中を移動することによって生じる磁場の変化、船舶が水上を航行することによって生じる水圧の変化などを感知して起爆する。感知手段は音響、磁気、水圧のいずれかあるいは複数の組み合わせとなる。係維機雷もあるが沈底機雷が一般的である。
係維機雷と異なり錘・係維索・気室・触角が不要で形状の自由度が高く、潜水艦や航空機によって敷設が可能で攻勢的に使用されることが多い。第二次大戦初期にドイツ軍がイギリスに対して使用をはじめ、末期には米軍が日本近海に大量に敷設し海上輸送を麻痺させた。
沈底機雷は船舶とは直接接触していない状態で起爆するが、爆発によって生じる衝撃波は水中を上昇して目標に上向きの力を与えるのに加え、爆発の反作用として生じる陰圧による下向きの力がわずかな時間差で働き、結果として短時間で上下に激しくゆさぶられることとなり、慣性の大きい重量物(エンジンなど)と船体の接合部を中心に大きな損傷がもたらされるとされている。
浮遊機雷
浮遊機雷は係維機構を省略した触発機雷で水面上を浮遊する。海流や風波で移動し、敷設者にも管理できないことから持続的な使用は国際法で禁止されている(1907年ハーグ第8条約)。もし敷設する場合、あるいは係維機雷の係維索が切断して流出した場合は一時間以内に無効化されなければならない。日露戦争後、日本海軍は複数の機雷を連結した連係機雷を敵進路の前方に散布するという戦法を考案したが、時限無効化装置に砂糖を使う仕組みに明治天皇が興味を示したという逸話がある。また日中戦争中、長江で行動する日本海軍に対して中国軍は上流から浮遊機雷を流すという作戦をとり、日本軍は対処に苦慮した。
係維機雷の掃海
係維機雷を無効化するためには係維索を切断し水面上に浮上した缶体を銃撃その他の手段で処分するのが一般的である。掃海作業にあたる艦艇後部から掃海索を曳航する。掃海索には適宜カッターが装着されておりこれで係維索を切断する。
なお掃海艦艇が掃海海域に進入する前に安全を確保するための前駆掃海としてヘリコプターによる航空掃海が行なわれることがある。
感応機雷の掃海
感応機雷を掃海するには、船舶航行時に生ずる音響や磁気を人為的に発生させて感応機雷を自爆させる。
ただし水圧機雷については特別に防護された試航船を実際に航行させて起爆させる以外に有効な手段がなく、掃海による無効化が困難なのが実情である。
機雷掃討
感応機雷の掃海は、敷設されている機雷が想定している音響、磁気、水圧のパターンを適切に再現できないと自爆に至らない。また複数の検知手段を備えている機雷に対しては音響、磁気を同時に発生させながら掃海する必要がある。また妨掃機構として計数機能を備えている機雷がある。これは単に船舶を検知しただけでは起爆せず、そうした状況が一定回数生じてはじめて起爆するものである。大戦中に米軍が敷設した磁気機雷の場合、2回から12回の間で設定可能だったとされる。また水圧機雷に対しては上述のとおりそもそも掃海作業自体が困難である。
そこで感応機雷に対しては掃討という手段が主にとられる。これはひとつひとつの機雷を人力あるいは遠隔操作の水中ロボットで処分する。機雷の捜索、確認には水中ソナーが用いられる。水底に敷設された機雷を岩などの自然物と判別するには対潜水艦ソナーよりも精度が求められる。
その他の機雷
冷戦中に米軍が開発したCAPTOR機雷は、内部に対潜短魚雷を一発格納しており潜水艦の通過を検知すると短魚雷を発射するもので、機雷と魚雷のハイブリッド兵器だった。形式としては深々度係維機雷ということになる。音響検知式だが探知範囲が制限されており水面上を航行する船舶に対しては反応しないようになっていた。現在は退役ずみ。
おわりに
はじめて手にとった「世界の艦船」誌がたまたま掃海艇特集号だったのがきっかけで、その後もずっと機雷にはなんとなく関心を持ち続けてきました。海上自衛隊の掃海能力は世界有数だといわれてきましたが、実際にはペルシャ湾派遣で世界の潮流から大きく遅れていることが発覚してしまいました。
冷戦が終わって各国海軍の規模が縮小傾向にあるなか、非正規戦・非対称戦の重要な手段として機雷が使用される機会はむしろ増していく可能性が高く、対機雷戦能力をどう維持していくかは多くの国で課題になっています。アメリカ海軍での沿岸戦闘艦 LCS をめぐるごたごたや、対機雷戦能力を付与された海上自衛隊の新型護衛艦 FFM の整備などはそうした課題に対する各国の模索の一例でしょう。
この課題を解決するためにはまずその対象である機雷というものを正しく理解する必要があります。この小文がその一助にでもなれば幸いです。
ではもし次の機会がありましたらお会いしましょう。
(使用した画像・図はウィキペディアと海上自衛隊掃海隊群のHPより引用)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?