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「陸軍属」と「陸軍軍属」はイコールじゃない

 ちょっと前のことですが、親族の軍歴を取り寄せてみたという記事がお勧めに流れてきたので読みました。その記事では陸軍の下士官として勤務したあと除隊して陸軍軍属になった、と記されていました。取り寄せた軍歴が個人情報を隠した形で掲載されていて、確かにそこには「陸軍属」に任じられたと書いてあります。

 おそらく、書かれた方は勘違いしています。「陸軍属」は「陸軍軍属」とはイコールではありません。包含関係でいうと、「陸軍属」は「陸軍軍属」に含まれますが、「陸軍軍属」は「陸軍属」とは限りません。数学的に記述するなら

陸軍属 ⊂ 陸軍軍属

とでも表せるでしょう。

陸軍軍属

 「陸軍軍属」について定まった定義はありませんが、陸軍刑法には説明があります。

第14条 陸軍軍属と称するは陸軍文官、同待遇者および宣誓して陸軍の勤務に服する者を謂う。ただし退職の文官はこの限りにあらず

原文カタカナ。漢字や送り仮名、句読点を一部変更

 一般的に陸軍軍属とは、陸軍で勤務する軍人(武官または兵)以外の者を広く指します。下は雇員や傭人という身分で洗濯などの雑用に従事する現代でいうと非正規職員にあたる者から、上は中将待遇で陸軍省の局長を勤める法務官まで幅がありました。言葉の響きから軽んじられた印象がありますが、実際の待遇はピンキリです。
 なお軍属の中で雇員や傭人は正規の官吏ではなく一時雇いという扱いで、陸軍刑法でいう「宣誓して陸軍の勤務に服する者」に含まれ、従って陸軍刑法を守る必要があります。
 正式な官吏が文官とされ、大きく大臣が任用を委任されている判任官と、天皇が任用する高等官にわけられます。これらの集合が軍属ということになります。

陸軍属

 陸軍省の構成は、各省庁共通の「各省官制通則」と、陸軍省に固有の「陸軍省官制」で規定されていました。このうち各省官制通則で基本的な職員を定めています。

第14条 各省に左の職員を置く
 政務次官
 次官
 参与官
 局長
 秘書官
 書記官
 属
(以下略)

原文カタカナ。強調は引用者による

「属」について同じ各省官制通則で

第25条 属は判任とす。上官の指揮をうけ庶務に従事す

原文カタカナ。句読点を補った

としており、判任官の官名として属を置いていました。これは各省庁に共通のもので、大蔵省が採用した判任官は大蔵属、文部省では文部属などと呼び、例えば「内務属に任じる」といった形式で辞令が出されました。
 同様に、陸軍省が採用した判任官は「陸軍属」という官名で呼ばれることになります。雇員や傭人は部隊などで採用するということもありましたが、判任官の採用は陸軍大臣の権限なのでたとえ勤務地が地方の部隊や学校であっても陸軍省採用の「陸軍属」となります。
 判任官は武官では下士官が該当します。下士官が除隊して文官に転じた場合、判任官である属として採用されたのはもとの待遇を引き継いだのでしょう。

 陸軍省(海軍省も)では、他省庁とは異なるところがあり、各省官制通則で定めた職員のうち次官、秘書官は武官、局長は主に武官ですが特定の局長は文官がつとめ、書記官・属は文官の配置でした。政務次官・参与官は政治任用により帝国議会議員が就任しました。
 判任官である属が書記官に昇格して高等文官となった場合、引き続き陸軍軍属であることはかわりませんが、もはや陸軍属ではなくなります。一方で、判任官でもない雇員や傭人も陸軍軍属ではありますが陸軍属には含まれません。

 まとめると、陸軍で勤務する軍人以外のものを総称した陸軍軍属のうち、真ん中の判任官だけが陸軍属と呼ばれ、雇員や傭人、あるいは高等官は陸軍属ではないということになります。

おわりに

 いろいろ説明してきましたが、履歴に「陸軍属」とあることから「陸軍軍属になった」とするのは正しいのです。なぜなら「陸軍属」は「陸軍軍属」の一部ですから。
 ただし、これはほぼ確信していますが、陸軍軍属と陸軍属の区別はおそらくできていないと思います。自分にはそれを責めるつもりはありません。今となってはほぼ無用な知識ですし、大した違いではありません。わざわざ記事にする意味はないかも知れませんが、気づいてしまったことでもあり、またネタに困ってもいたので書き残しておくことにしました。
 なお、このあたりの事情は海軍でも同じです。

 てはもし機会がありましたらまた次回お会いしましょう。

(カバー画像は陸軍軍属従軍服制の付図。明治37年2月13日官報より)

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