『日向を掬う』

朝倉宏景さんの作品。

売れない役者である良行は過去に精子を提供した街子が亡くなったことを、街子の娘の日向実から聞かされる。


目の前に急に自分の娘と名乗る人が現れたら、相当びっくりするだろうと感じた。

光枝が夫の書斎の荷物を整理して、ロデオボーイを取っておくのが面白かった。

最後に光枝視点から語られる場面がとても良かった。


印象に残っている文

海老で鯛を釣るという諺になぞらえるなら、まさに小松菜でエビスビールを釣ったような気分だ。

まともな稼ぎもないくせに、まだ陽のあるうちからアルコールを摂取する背徳感を、「まあ、日曜だからいいんだよ」と、まるでサラリーマンであるかのような言い訳でごまかす。

自分より圧倒的に体重の重い人間が、シーソーの向かい側に突然座ったときのような、えも言われぬ浮遊感を存分に味わった。

「金を拾う、その姿がクズそのものなんだよっ!」「お前がまいたんだろ!」金を突き返した。七十代の母親と四十代の息子の言い争いほど、この世で醜いものはない。

「この先、誰かを好きになるとわかるけど、よく周りが見えなくなるんだな」中略「友達の忠告なんかも、いっさい聞こえなくなる。その人の、良いところしか見えなくなるわけだ」

「それが社会ってもんなんだ。俳優って特別で華やかな仕事に見えるけど、そこまでサラリーマンと変わらないってこと。いちばん末端の下請けだよ。落札や受注競争みたいに、オーディションを勝ち抜く。クライアントから受注して、要求通りに納品する。失敗すれば、次からはべつの人に注文がまわってしまう」

考えてみれば、不思議な話だ。世界は死者であふれている。今まで死んでいった人々の、物や、写真や、思い出は、いったいいつの時点で、この世界から消滅するのだろう? 

「その子が望んでもいないのに、何かを無理に与える。それは同時に、ほかの選択肢を奪ってるってことになるんです」

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