『今だけのあの子』

芦沢央さんの作品。

届かない招待状、帰らない理由、答えない子ども、願わない少女、正しくない言葉の5つの話が収録されている。


「帰らない理由」で、瑛子と僕が亡くなったくるみの部屋に居座り続ける駆け引きが面白かった。

「答えない子ども」では、読んでいて双方の親の立場になったらとても辛いことだろうと感じた。直香の夫の雅之は、電話で詳細を聞いただけで真実をはっきりとさせて、すごいと思った。

「正しくない言葉」では、良い結末だったので嬉しかった。


印象に残っている文

自分の境遇を嘆き、相手を持ち上げてうらやましがり合うのは、もはや処世術というよりマナーのようなものだ。

親友とは友達の中で一番親しい人にしか使わない呼称なのだとクラスの女子が話しているのを聞いたことがあるが、そもそも「友達」とは知人の中で親しい者をいうはずだ。そこにさらに線引きをしようとする主張が僕には気持ち悪かった。

寝ているより起きて漫画を読んでいる方が惨めで、それよりも小説を読んでいる方が恥ずかしい。なぜなら、それは一緒に時間を潰す相手がいないと証明しているようなものだからだ。

おばさんの声色からは感情が読み取れない。けれどそれは色が淡いためではなく、無数の色が重なって限りなく黒に近づいた結果のように思えた。足元から、暗くて深い井戸を覗き込んだときのような悪寒が這い上がってくる。

「普段からきちんと理由を話すようにして、悪いことをしなかったときに、ちゃんと褒めてあげれば、そもそも危ないことをしなくなるんだって」

歳をとることはそれほど悪いことではないと伝え続けるーー大丈夫、いくつになっても楽しいことはたくさんあるし、つらいこともいつかはちゃんと過去になってきっと楽になる日が来る。そう身をもって示すことこそが、自分が子どもたちにあげられる最後のプレゼントなのかもしれない、と。

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