『お父さんと伊藤さん』

中澤日菜子さんの作品。

三十四歳の彩は、二十歳上の伊藤さんと同居している。ある日彩の父が、兄夫婦の家から彩の家に来て、同居するようになる。


彩の父の口癖を語る場面を読んで、両親の口癖というのは何となく把握できるものだと感じた。

彩の同僚のカンマニワさんの両親が、Facebookでやり取りしているというのが良いと感じた。

随所に伊藤さんの気遣いが見えて、素敵な人だと感じた。


印象に残っている文

伊藤さんが怪訝な顔をする。もともと眉も目も鼻も下がっている顔が、全体にますます下方修正される。

伊藤さんのこたえに、父の眉根が曇った。つぶあんを「下品」と断罪したときと同じ表情だった。

「特には。わりと淡々と対処してくれてて。ていうか、あたしより優しいかも。あたしはだめだー。父の言うことに、いちいちかちんと来ちゃって。すぐ言い返しちゃう」「そういうものかもね。実の親子って。遠慮がないじゃない。だからかえって傷つけあったりするのよね」

「尾行のこつはね、彩さん、靴を見ることだよ」のんびり言った。「え?」「理由はふたつ。その一。人込みのなかでも相手を見分けられる。その二。もし相手が振り返っても、下を向いているから目が合う心配がない」

なんで男ってこんなにホームセンターが好きなのだろうか。もしかして遺伝子に組み込まれているのか、あらかじめ。

「彩ちゃんは中濃、お父さんはウスター。ひとつの家に、二つ違うソースが置いてあってもいいんじゃないかなあ。どちらかがどちらかに合わせるんじゃなくて、どちらかひとつ正しいと決め付けてしまわないで。それぞれ自分の好きなほうを使えば、それで」


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