『ミナトホテルの裏庭には』

寺地はるなさんの作品。

主人公の芯輔は祖父からミナトホテルの裏庭の鍵を探してほしいと頼まれる。さらにミナトホテルのオーナーの篤彦から猫探しを依頼され、ホテルの受付も行うことになる。

「手の中にある」では、陽子さんの視点で語られる。

みんなで好きなことをする「互助会」のシステムがとても良いなと思った。

篤彦さんの語る「ホテルに来る人との接し方」がとても印象に残っている。

ミナトホテルのような場所があると助かる人が世の中にはいるのだろうなと思った。


印象に残っている文

「大人になると我儘を言う機会が減るからね。三十年ぐらい前に発足したんだよ」

陽子さんという人は、芯にとっては「女の子のようなおばあさん」だった。若く見えるという意味ではない。人と喋る時に語尾に常に「うふふ」とつくような、うふふと笑っていなくてもそういうふうに聞こえるような喋りかたをする、なんだかそういう人だった。いつでもポワポワと笑っているような。

それが終わると今度はハンカチ、パスケース、電卓、ペンケース、すべて鞄の中から出して一旦机の上に並べ、不備がないか確認したのち、また鞄に戻す。小学生の頃からの癖だ。おかげで忘れ物をしたことは、ほとんどない。

「芯くん、夫婦っていうのはね、家の中でじーっと顔をつきあわせていると、かえって仲が悪くなってしまうのよね」

冗談として通用するかの判断は言う側ではなく、言われた側に委ねられる。

「持病を抱えていない人間はいない。けどその事情が実寸以上に大きく感じられる時っていうのは、だいたい寝不足か、腹が減っている時だ」

他人の不機嫌に巻きこまれて自分まで不機嫌になっては、自分が損をする。不必要な不機嫌を抱えてしまう、というのは、人生の損失以外のなにものでもない。

そうなんだ、とは実に便利な相槌であると、芯は思う。否定も肯定もしていないのにちゃんと話を聞いているということを伝えられる。

「きれいな花が咲いている、って声に出して言うと、笑ったみたいな顔になるの。しかめ面しては、言えない言葉なの」

「大切な人には、頼ってほいものなんです。我儘を、言ってほしいんです。大切な人からあなたには関係ないって言われるのが、いちばん堪えるんです」

全部を手に入れることは、できない。なにかを失うことと、なにかを得ることは、常に手を繋いでやってくる。

「他人に心を開かない者は、他人から心を開いてもらえないのよ、陽ちゃん」

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