『嫁の遺言』

加藤元さんの作品。

嫁の遺言、いちばんめ、あの人への年賀状、不覚悟な父より、あんた、窓の中の日曜日、おかえり、ボギー、の7つの話が収録されている。


「いちばんめ」の終わり方が個人的にとても好きだと感じた。

「あの人への年賀状」のお母さんのように、ずっと続けているお店というのは素敵だと思った。

「不覚語な父より」では、父と娘で「士道不覚悟」と言い合うのが合言葉みたいでいいと感じた。

「おかえり、ボギー」では良の気障な行動が個人的に好きでかっこいいと思った。


印象に残っている文

嫁が死んだんは、その年の春先でした。もう、その時分には四十九日の法要もとうに済ましてましたけど、悲しいとか寂しいとか、そんな感情は、普段は底の方に沈んでいる塊みたいなもんでした。そいつが突然襲って来るのを、日々の仕事や日常生活に紛らわしてやり過ごしている。時には捕まったりする。そうなると厄介なんで、僕はなるべく自分の頭の中身は覗かんようにしてました。

嫁を亡くしたというんで、周囲中が気を配ってくれる。そらもう、過剰なくらいです。下にも置かぬ、って待遇なんですわ。そうなるとこぅちは居心地悪いというか、手持ち無沙汰みたいな感じになってしもうて、かえって自分自身の感情に浸れないんです。泣こうにも泣けない。

イシダ君とタナカ君は家電量販店のゲーム売り場を好み、理美とわたしはファッションビル内の洋服店や雑貨店を好む。だが、並べられた商品を見るだけで財布は開かない。開いても中身がなかった。中学生の悲しさである。

アパート名は幸福荘という。名前からして昭和くさいうえ、もはや看板に偽りあり、不幸と貧困しか感じ取れない有様なのである。

「向こうの親はひどいよ。浩孝のことしか考えてないんだから」憤慨して言うと、ママはあきれたように言った。「当然でしょ。あたしだってあんとのことしか考えてないもの。親の気持ちなんてそんなもんよ」

あたしらが子供の時分は、誰かしらが教えたもんですよね。男なら、黙って責任を取れ。強がって、やせ我慢をしてでも、自分の矜持を守れ、なんてことをね。別に、父親や教師から教えられるわけじゃなくても、映画なんか観ていれば、そんな男が主役なのが当たり前だったでしょう?

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