noteって羊水……?
先日わたしのnoteを読んだ知り合いに聞かれたことがあります。なんで「わたし」ってひらがなで書くの?と。
そのときは憧れの人がひらがなを使っていたからとか文章が堅くならないようにと答えましたが、正直のところ、なぜこんなにも「わたし」という表現に惹かれるのか、自分でもよく分かっていませんでした。
わたしがnoteを始めようと思ったきっかけは書くことを仕事にしたかったからです。わたしの頭の中は常に言葉でいっぱいで、それを世に出すとたまに良い評価をいただけることがあります。わたしは幼い頃からずっと有名になりたいと思って生きてきたので、文章を書くことが自分の夢に最も近いのならば頑張ってみようという気持ちでした。しかしわたしは文章を書くこと自体は全然好きではないのです。というか嫌いです笑わたしにとっては自分の考えをまとめるという作業はとてつもない苦痛が伴うものなので、意気込んでアカウントを作ったはいいものの、唯一書いた自己紹介記事もすぐに消してしまって、ほとんど運用できていない状態でした。それでも読むのは本当に好きで、面白い文章を読んで、自分には絶対書けないなぁと思いながらゲラゲラ笑ったり、書いた人の感謝や感動を追体験して、心が温かい気持ちになったりすることに幸せを感じていました。(好きすぎてYouTubeよりnoteの方が閲覧時間が長かったこともあるくらい笑)
最初はスキの数をみて嫉妬することもありましたが、たくさんの記事を読んでいるうちに、書いた人の体温がわかるようになってきて、時々それが自分とぴったり重なることがあると気が付きました。障害だけじゃなく、いろんなことが原因で生きづらくなって息がしづらくなった時、noteに来ると息ができるようになっている自分に気が付きました。
これってなんだかと母のお腹のなかに羊水に似ていると思いませんか?
別に何をするでもなく、ぷかぷかとただそこに浮かんでいる。それだけでしあわせ。
まだ21になったばかりのこれから世界を広げていきたい人間にとっては無駄に思える時間だけど、望月あだんにとっては大切な時間なのだと思います。そして書くことは自分がnoteの世界にいることを確認する作業なのだと思います。たとえまとまっていなくても、自分のために書くのだからそれでいい。そう思ったら書くことが少し好きになりました。
それでも書くことに目的を持たせるならば、きっとそれはこのnoteの世界の、羊水のつくり手に自分もなることです。だからこそわたしはこれからもより柔らかい雰囲気の「わたし」を使い続けるし、文章も敬体で書きます!(ちなみに自分のために書くと言いましたが、やっぱりスキしてもらえると本当に嬉しいので、遠慮なくお願いします!笑)
それではまた
Give me some money!私に社会的価値をください‼ (噓ですごめんなさい笑)ほんとに一円とかでも泣いて喜びます…こいつに労働とかいうものを体験させてやってはくれませんでしょうか?